DENTAL TODAY  2004年(平成16年)3月1日号 3面

3月1日号に掲載された文章をご紹介します。
臨床やフィールドで奮闘されているみなさんの御意見をお願いします。

田浦勝彦
特定非営利活動法人日本むし歯予防フッ素推進会議
〒980-8575
仙台市青葉区星陵町4番1号
東北大学病院予防歯科
TEL:022-717-8327  FAX:022-717-8332
E-mail:
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寄稿  「矯正歯科治療等における口腔衛生管理に関する提言」はトラブル回避になるか?
    
東北大学講師・病院予防歯科/NPO法人日本むし歯予防フッ素推進会議理事  田浦勝彦

 本紙No.87(2004年2月1日号)に「矯正治療中の口腔衛生管理で提言 ー歯科医学会がトラブルの防止へー」(下記)と題して、概要4点が掲載された。本提言が矯正歯科受療者の利益に通じるのであろうか検証してみたいと思います。

矯正治療中の口腔衛生管理で提言 - 歯科医学会がトラブルの防止へ
 日本歯科医学会(日本矯正歯科医学会,日本小児歯科医学会.日本口腔衛生学会)が,「矯正歯科治療等における口腔衛生管理に関する提言」をまとめた.
 概 要
 1)矯正歯科治療等の患者の口腔環境
 不正咬合による形態的、機能的障害のために自浄性が低い.それに加えて,矯正装置は,歯垢沈着による不潔域の拡大を引き起こし,齲蝕や歯周疾患を発生させる誘因の一つとなるので注意が必要である.
 2)口腔衛生状況の診査と記録
 治療中も,定期的に白濁,白斑および着色部等の初期症状を含めて,齲蝕の有無を診査する.動的治療終了後の保定期問中においては必要に応じて診査を行う.
 3)保健指導
 患者に対して,不正咬合と口腔衛生との関係や矯正装置による不潔域の拡大,食生活と生活習慣について十分説明し理解を得るとともに齲蝕や歯周疾恵の予防のための対策を指導する.矯正装置の装着にさいしては,装置にあわせた歯フラシの大きさ,毛先のあて方等の工夫や,デンクルフロス,等の補助用具の併用を指導する.なお,フッ化物の応用も必要に応じ提案する.
 4)口腔衛生管理の自己責任
 矯正歯科治療等の治療中と治療後における毎日の口腔衛生管理が,患者自身や家族等によって実施される必要がある.自己責任がともなうことに関して説明し,患者の同意を得ることが必要である.


1. 本提言が出されたきっかけ;
昨年7月10日に出された判決であると推定されます。以下は当日の新聞記事です。

「歯磨き指導不十分で虫歯、と歯科医に55万円賠償命令」
 歯科医が適切な歯磨き指導をしなかったため虫歯になったとして、東京都世田谷区の女性(24)が、新宿区内の歯科医院を経営する歯科医2人に計410万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が10日、東京地裁であった。
 貝阿弥誠裁判長は「ブラッシング指導が十分に行われていたら、虫歯の発生を防止できた」と述べ、歯科医院側に慰謝料など55万円の支払いを命じた。
 判決によると、女性は1998年からこの歯科医院で、歯に固定器具を装着する矯正治療を始めたが、昨年1月に器具を外したところ、装着か所の前歯4本が虫歯になっていた。貝阿弥裁判長は「歯科医師には、固定器具の周辺を丹念に磨くよう十分に指導しなかった診療契約上の義務違反があった」と認定した。(2003/7/10/19:27 読売新聞 )

2. 今回の提言の評価と課題;
 歯科医師は、歯科医療及び保健指導を掌ることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする(歯科医師法第一条)ならびに同法施行規則第22条の診療録の記載事項に照らしてみると、概要に掲げてある以下の3点については法律の範囲内であり、診療を担当する歯科医師としての義務であると考えます。特に3)保健指導の項目については、既述の裁判長の意見の域を出ていないと判断します。これらの実践で、はたして再発防止につながるのでしょうか。
1) 矯正歯科治療等の患者の口腔環境
2) 口腔衛生状況の診査と記録
3) 保健指導
極め付けは、4)口腔衛生管理の自己責任 という項目である。口腔衛生管理に本人の努力と家族の協力が必要なことは言うまでもありません。重要な点は、担当歯科医師が矯正歯科患者と家族に科学的根拠をもった方法で援助することが適切に行われることです。今回の概要3項目で、どれだけ齲蝕の発生を未然に防止する確率を向上できるのでしょうか。

3. EBM
今回のテーマは齲蝕の予防です。齲蝕予防策として科学的な根拠の質が最も高く、第一に推奨される方策としては、フッ化物を利用する方法です。最近では、わが国でも2003年1月に厚生労働省から出されたフッ化物洗口ガイドラインに以下の記載があります。
 2)  う蝕の発生リスクの高い児(者)への対応
 修復処置した歯のう蝕再発防止や歯列矯正装置装着児の口腔衛生管理など、う蝕の発生リスクの高まった人への利用も効果的である。
 さらに、米国疾病管理センター(CDC、2001)の米国におけるう蝕の予防とコントロールのためにフッ化物応用に関する推奨にも、歯科矯正の装置者をハイリスクとして、フッ化物洗口を勧めている。また、米国では給水人口の66%強は水道水フロリデーションの利益を受けています。そこでは、矯正歯科患者も、同じく再石灰化環境で暮らすことになります。
 脱灰のリスクが高い矯正歯科患者に対しては、脱灰を抑える支援だけでなく、さらに再石灰化を促す環境づくりについて援助することがキーポイントになります。それには、患者さんが科学的な根拠に基づく齲蝕予防方策を優先的に取り組んでもらうことが大切でしょう。

4. 課題解決のために
 矯正歯科治療に附随して引き起こされる可能性のある齲蝕の発生を防ぐためにも、フッ化物の利用は不可欠です。今回の提言の本文を見ても「5生活習慣等の指導 の 3フッ化物配合歯磨剤の使用を推奨する。またかかりつけ歯科医等の指導下で行うフッ化物洗口の実施を必要に応じて提案する」(原文)と「必要に応じて」と書いてある。
 個人衛生の面からは、歯磨きの際のフッ化物配合歯磨き剤の適切な使用、可及的に毎日、フッ化物洗口を確実に実施する必要があります。
 当然ながら、フッ化物の公衆衛生的な利用法として、集団でのフッ化物洗口と地域での水道水フロリでーションという環境づくりが行われることは、矯正歯科患者だけの利益に止まりません。
 真に患者利益に繋がるガイドラインが提示されることが望まれます。もちろん今回のガイドラインは矯正歯科患者の口腔保健に止まるものではないことを指摘したいと思います。


 なお、昨年11月の矯正歯科患者の口腔衛生管理ガイトライン(案)には、B番目に下記の項目(原文のまま)が掲載されていたことを付記します。
「Bフッ化物洗口を毎日法、もしくは週一回法で必ず行うように指導する。また、4〜6か月毎フッ化物塗布を行う。フッ化物配合歯磨剤の使用を確認する。」