デンタルタイムズ21 平成16年10月25日号 に記事掲載

 タイトル『 「健康日本21」中間評価に向けて  日米 口腔保健施策の比較 』
                   
        NPO法人日F会議常務理事 田浦勝彦、晴佐久悟、山本武夫  

デンタルタイムズ21 10月25日号 p.4−5


「記事内容」

「健康日本21」中間評価に向けて 日米 口腔保健施策の比較

 平成12年にスタートした「健康日本21」(21世紀における国民健康づくり運動)は、来年度早くも中間評価の時期を迎え、各目標値達成に向けた取り組みの評価が進められている。他方、米国では「ヘルシーピープル運動」が展開されている。今号では、東北大学歯学部付属病院予防歯科の田浦勝彦氏(NPO法人日本むし歯予防フッ素推進会議理事)、福岡歯科大学口腔保健学講座の晴佐久悟氏(NPO法人日F会議理事)、富山市(県の間違い)開業の山本武夫氏(NPO法人日F会議理事)の協力により、「ヘルシーピープル2010」、並びにその目標達成に向けての米国疾病管理センター(CDC)が示した口腔保健に関する支援の指針とも言える「口腔保健:う蝕、歯周疾患と口腔癌の予防」を紹介したい。

はじめに

 20世紀後半から、世界各地でヘルスプロモーション活動が展開されています。米国もこの世界的潮流をきちんと受け止めています。既に1990年代よりヘルシーピープル運動として結実しています。現行の最新版「ヘルシーピープル2010」(表1参照)として目標策定が行われて、すべての国民の健康づくりに寄与しています。
 本編の米国疾病管理センター(CDC)は種々健康問題の世界的な牽引役を果たしている機関です。当然ながら、口腔保健領域についても国民の口腔保健、特に社会経済的に恵まれない人々を支援する指導的役割を果たしています。本訳文のようにCDCの支援内容は多岐にわたりますが、基本とするところは米国国民に存在する健康格差の是正策の実践となります。
 さて、我が国では「健康日本21」(表2参照)が進行中で、中間年の2005年に見直しが行われます。実は「健康日本21」はヘルシーピープル版を参考にしたというものの、口腔保健の項目に関しては甚だ両者の取り組みには乖離があり過ぎます。「健康日本21」の歯の健康には、口腔咽頭部癌や口唇・口蓋裂の目標設定がありません。また、う蝕予防対策としてシーラント介入や具体的な公衆衛生施策としての地域水道水フロリデーションも盛り込まれていません。
 「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」という日本国憲法第25条に照らして、米国と日本の政策ならびにその実践の違いを読み取っていただき、本報を日本国民すべての口腔保健の向上の一助に役立てていただければ幸いです。

 口腔保健:う蝕、歯周疾患と口腔癌の予防  CDC 2004
      すべての人々に微笑みを!
      歯科疾患は治療も予防も効率的にできます。(Richard H. Carmona, MD, MPH, FAC Surgeon General  U.S. Public Health Service)

口腔保健の問題点:痛みを伴うこと、経済的負担が大きいこと、とはいえ予防可能であること

何百万ものアメリカ合衆国民にとって、う蝕、歯周病、癌に至るまでの口腔と咽頭の疾患は痛みと不快感の引き金となっています。大半の口腔の疾患は予防できるのでジレンマに陥ります。

                                                        

子どもにとっては、う蝕はありふれた病気で、2?4歳の幼児のほぼ2割に、8歳児の半数強に、17歳児の3/4強が罹患しています。経済的に恵まれない子どものう蝕罹患は最悪で、しかも未処置のままです。未処置のう蝕は痛み、噛めない、欠席、低体重、醜い容貌の要因となり、そのため日常生活を快適に過ごす子どもの力を削いでしまうことになりかねません。

さらに、う蝕は成人にとっても、特により残存歯のある高齢者の増加につれて問題となります。残存歯の増加にも関わらず、歯の喪失はいまだ高齢者の課題として残っています。65歳以上の10人註のほぼ3人は、主にう蝕と合衆国成人の約25%が罹患している歯周病のために、無歯顎となっています。歯の喪失は審美的な影響はもとより、摂食品のタイプの制約により栄養問題の原因となるかもしれません。

さらに、口腔癌はアメリカ合衆国の成人の健康を脅かします。毎年、約30,000人の合衆国民が口腔と咽頭癌に罹患します。このうち、ほぼ8,000人が口腔と咽頭領域の癌で死亡します。

2003年には、約5億人のアメリカ合衆国民は歯科医院に通院し、概算で740億ドルを歯科医療に使いました。しかし、多くの子どもと成人は口腔疾患を予防し、経費を削減する有効な手立てから見放されたままとなっています。例えば、水道水フロリデーションの生涯を通した一人当りの費用は1歯面の充填の費用より格安なのに、1億人以上の合衆国民はう蝕予防のために適量のフッ化物に調整された水にアクセスしていません。

           水道水フロリデーション人口、 2004

国の口腔保健の推進役としてのCDC

CDCは連邦として公衆衛生面に介入して口腔保健を促進することに責任を負っています。2004年会計年度で約1200万ドルの資金となっています。

* 各州が口腔保健プログラムを強化し、口腔疾患に最も罹患した人々に手をさし伸べ、実証され効果的な口腔疾患の予防方法の採用を広める際にこれらを支援します。
* 地域、学校および国全体のヘルスケア環境における口腔保健を促進します。
* 地域における予防努力を強化するための研究を支援します。
* 予防方策の費用効果を評価します。

各州の能力開発の支援

CDCは、強力な口腔保健プログラムを構築するために12の州およびパラオ共和国に資金、技術的な援助およびトレーニングを提供します。CDCの支援で、州はより良く口腔保健を促進し、人々の口腔保健行動と問題点をモニターし、予防プログラムの実行と評価することができます。12の州のうちの4州は、さらに地域水道水フロリデーションプログラムあるいは学校ベースのシーラント・プログラムを開発し調整するために資金援助を受けます。
 さらにCDCは各州の口腔保健問題に関する手引きを提供し、州単位の標準的な口腔保健プログラムを立てるために、州および地域の歯科管理者協会と共同作業を行っています。そして、州が口腔保健ニーズを評価し、かつ有効な予防プログラムを行なう専門的技能を開発することを支援します。

フッ化物の有効利用の奨励

CDCは各種のフッ化物利用の適切な方法を評価する際に全国のリーダーシップを取ります。水道水フロリデーションの質的改善と新たな地域での水道水フロリデーションの実施のために、CDCはパートナーとして仕事をします。
これまで50年にわたり、う蝕によって引き起こされた損失は、主にフッ化物に利用で劇的に減少してきました。地域のすべての人々にフッ化物の利益を供給できる最も費用効果の高い方法は、う蝕予防のために適正な濃度に調整された給水による水道水フロリデーションです。
CDCの研究では、20,000人以上の居住地域では、水道水フロリデーション1ドルの投資で年間38ドルの節減費用をもたらすことが分かりました。水道水フロリデーションを強力に推奨している地域予防サービスに関する特別対策本部(は水道水フロリデーションによりアメリカ合衆国の子どものう蝕は30%?50%減少したという結論を下しました。フッ化物を促進するためのCDCの活動は次の通りです。

* アメリカ合衆国におけるう蝕予防とコントロールのためにフッ化物利用のガイドラインを出すこと。 (既に出版され、和訳本もあります)  
* 州の飲料水システム・エンジニア、歯科管理者および他の公衆衛生スタッフに水道水フロリデーショントレーニングを提供すること。
* 州が水道水フロリデーションされた水質をモニターすることを支援するためにウェブ・ベースのシステム管理すること
* フッ化物製品の適切な利用に関して人々の教育を行うこと。

シーラントの使用の促進

臼歯部の咬合面をプラステックで填塞するシーラントは、児童に対する安全で効果的なう蝕予防方法です。既に初発したう蝕を停止させるケースもあります。シーラントは、未処置う蝕のある子どものリスクを有意に減少させます。
「ヘルシーピープル2010」では2010年までに子どもの半分がシーラントを持つように目標設定しています。しかし、現在のところシーラント処置している子どもは25%未満です。人種と民族グループによっては、はるかに子どものシーラント処置率が低い状態です。例えば、8歳のメキシコ系アメリカ人では10%のシーラント処置率になっています。
CDCの研究者はいくつかの方策を評価し、経済的に恵まれない通学児にシーラント処置することがシーラント使用における格差を是正するための最も費用効果の高い方策であることを認めました。スクールベースのシーラント・プログラムあるいは学校に関連したシーラント・プログラムの提供によって、いくつかの地域では、シーラントについての「ヘルシーピープル2010」目標値に既に達しました。さらに地域予防のサービスに関する特別対策本部は、う蝕予防とコントロールの有効な方法として、スクールベースのシーラント・プログラムあるいは学校に関連したシーラント・プログラムを推奨します。

州の口腔保健を改善する際の支援

口腔癌と喉頭癌を標的とすること

口腔癌と咽頭癌と診断された患者の5年以上生存率は約半数に過ぎません。アフリカ系アメリカ人の5年以上生存率は、およそ3分の1とさらに低く数字です。生存しても将来の癌のリスクは高まり、外科的および精神的外傷で頻繁に苦しみます。
これらの州が口腔癌と喉頭癌に関するデータを評価し、かつデータの精度を高める方法を見つけることを支援するために、CDCはサウスカロライナ州とウェストバージニア州の癌登録に補助金を出します。その所見は他の州の癌登録がより正確で有用なデータ収集を支援することになるでしょう。

歯科における感染コントロールの指導

歯科診療所の感染コントロールは、国民の安全性の保証および彼らの信頼の確保にとって必要となります。2003年には、CDCは歯科環境で感染症を伝播するリスクを最小限にする手助けとして歯科医療環境における感染コントロールのための新ガイドラインを公表しました。CDCの推奨は歯科診療所の感染コントロールの実行を国内外に案内して、国民、政策立案者および歯科開業医のための方向を提供します。その推奨は歯科産業での技術開発に影響を及ぼします。さらに、CDCは歯科診療所の疾病発生および環境面の危険度を調査し、新たな問題を識別します。

全国研究ネットワークの支援

予防研究センターを介して、CDCは主に貧困で、民族的に多様なコミュニティーの中の口腔保健を促進する研究を支援します。コミュニティー・メンバーは、研究プロジェクトの立案と実行を支援します。パートナーとしては、公衆衛生と歯科学の学校、専門の組織および州の保健部を指します。
例えば、
* ノースカロライナ大学チャペルヒル校の研究者は2つの活動を評価します。水道水フロリデーションと学童にフッ化物洗口を提供するスクールベースの介入。研究者たちは、これらの介入が学童、特に経済的に恵まれない子どものう蝕を防ぐ際にどれくらい有効か決定するでしょう。
* アラバマ大学バーミンガム校では、研究者が多くの健康問題についてコミュニティー健康アドバイザーを務めるように多くのアフリカ系アメリカ人の田舎のコミュニティー居住者を訓練養成しました。これらのアドバイザーは口腔疾患の徴候について隣人を教育し、将来に口腔疾患のリスクを減少させる健全な行動を促します。

アメリカ合衆国における口腔保健のモニタリング

アメリカ合衆国民に関する定期的調査は、口腔保健に関する豊富な情報を提供します。例えば、最も大きな口腔保健問題は何か、どの口腔疾患が増加中か、また、どのグループのリスクが大きいか。CDCは多くの資料から口腔保健データを組み合わせるウェブ・ベースのシステムを支援します。全国口腔保健監視システムは州の口腔保健調査と行動リスク要因監視システムを含む、各種の州ベースシステムからの口腔保健データにリンクします。年間の州の歯科プログラム要約には州人口統計および活動を含み、そして州のレベルに口腔保健プログラムに資金を提供します。
また、CDCは健康部門が該当地に特有の口腔保健データを収集し、解釈し、かつ共有することを支援します。州と地域は口腔保健に関するヘルシーピープル2010の目標を達成するにあたり、その進捗状況をモニターするためにそのデータを使用します。目標は、最も大きなニーズの人々に制約のある資源を充て、また他の州と国家の人々の口腔保健データと比較します。

将来の方向性

CDCは各州が口腔保健プログラムを強化し、かつ有効な介入方法の開発を支援し続けるでしょう。さらに、CDCは口腔保健研究、監視、教育および評価のパートナーと仕事をする機会を求め続けるでしょう。


ヘルシーピープル2010

 20世紀後半にWHOが提唱する「すべての人に健康を」を標語とするヘルスプロモーションの世界的潮流に乗って、米国においてもヘルシーピープル運動が展開されてきました。そこで、米国保健福祉省は国民の健康の向上のため、包括的かつ明確な目標を立てました。口腔保健領域においては、ヘルシーピープル2000の第13項目に、長期にわたる個人と集団の口腔保健状態を改善させるための16の主要目標が集約されました。それにはこれまでの国民の口腔保健状況を把握して、平均的な健康状態に恵まれないグループのための細項目も掲げています。20世紀後半に提唱されたヘルシーピープルの提唱の道程で、口腔保健領域の目標設定にあたり、以下の3本柱を基軸にしています。

1) 国民の歯科疾患の発生と進行を減少させること。
2) 口腔疾患、口腔清掃の怠慢や外傷由来の不必要な歯の喪失を防ぐこと。
3) 個々人が健康的な口腔機能を達成する際に、これを妨げる物理的、文化的、人種的、社会的、教育的な障壁を取り除くこと。

 こうした考え方は、引き続きヘルシーピープル2010でも、う蝕、歯周病、口腔癌、先天奇形へ対応、口腔保健づくりのための環境整備の中に盛り込まれています(表1)。

 一方、わが国には2000年4月から実施されている「健康日本21」の「6.歯の健康」の項目があり、う蝕予防と歯周病予防について数値目標が設定されて(表2)、歯の健康寿命の延伸を目指しています。

表1.ヘルシーピープル2010の目標設定項目とその目標値

内容 基準値 目標値
21-1.乳歯あるいは永久歯う蝕経験のある小児と青年の割合を減少する。

2-4歳:18%
6-8歳:52%
15歳:61%

11%
42%
51%

21-2.未処置う蝕のある 幼児、小児と成人の割合を減少する。

2-4歳:16%
6-8歳:29%
15歳:20%
35-44:27%

9%
21%
15%
15%

21-3.う蝕や歯周病が原因で永久歯を喪失していない35〜44歳成人の割合を増やす。 35-44歳:31% 42%
21-4.無歯顎高齢者の比率を減少する。 65歳-74歳:26% 20%
21-5.歯周病を減らす。

35歳-44歳の歯肉炎罹患率:48%
35歳から44歳の重度歯周炎罹患率:22%

41%
14%

21-6.口腔咽頭部癌早期発見率を増大させる。 発見率:35% 50%
21-7 過去12カ月に口腔咽頭部癌の検査を受けた成人の割合を増大させる。 40歳以上:14% 35%
21-8.臼歯へのシーラントをした子供の割合を増やす。 8歳:23%
14歳:15%
50%
50%
21-9.地域の水道水のシステムによって、最適にフッ化物濃度調整された水を供給される米国の人口の割合を
増やす。
62% 75%
21-10.口腔保健ケアシステムを毎年利用する子供や成人の割合を増やす。 65% 83%
21-11.口腔保健ケアシステムを毎年受ける長期入所者の割合を増やす。 19% 25%
21-12.連邦貧困レベルが200%あるいはそれ以下で,何らかの予防歯科サービスを過去に受けたことのある19
歳以下の青少年の割合を増加させる。
20% 57%
21-13.学校に基盤をおく,口腔保健に関わりをもつ保健センターの割合を(発展的に)増加させる。
21-14.口腔保健部門を持つ地方保健部および地域保健センターの割合を増加させる。 34% 75 %

21-15.口唇裂,口蓋裂,その他顔面の異常を持った幼児と子供たちを記録し,顔面異常リハビリチームへ紹介
するシステムをもっている州の増加
(コロンビア特別区を含む)

23の州とコロンビア特別区

全州とコロンビア特別区

21-16.口腔および顎顔面保健サーベイランスシステムを持つ州の数の増加(コロンビア特別区を含む) 0

全州とコロンビア特別区

21-17.種族,州(コロンビア特別区を含む),そして250,000人あるいはそれ以上の人口の管轄区域にかかわる
地方保健機関の数を(発展的に)増加させる.それら機関は,公衆衛生的訓練を受けた歯科専門医によって指
導される効果的な公衆歯科保健計画を適宜に持つものである。




表2.健康日本21の目標設定項目とその目標値

内容 基準値 目標値

1.歯の喪失防止の目標
80歳における20歯以上の自分の歯を有する者の割合及び60歳における24歯以上の自分の歯を有する者の割合の増加
定期的に歯石除去や歯面清掃を受けている者の割合の増加
定期的に歯科健診を受けている者の割合の増加


80歳:11.5%
60歳:44.1%
55〜64歳:16.4%


80歳:20%以上

60歳:50%以上
30%以上

2.幼児期のう蝕予防の目標
3歳児におけるう歯のない者の割合の増加
3歳までにフッ化物歯面塗布を受けたことのある者の割合
間食として甘味食品・飲料を1日3回以上飲食する習慣を持つ者の割合の減少


59.5%
39.6%
29.9%


80%以上
50%以上

3.学齢期のう蝕予防等の目標
12歳児における1人平均う歯数(DMF歯数)の減少
学齢期におけるフッ化物配合歯磨剤使用者の割合の増加
学齢期において過去1年間に個別的歯口清掃指導を受けたことのある者の割合の増加


2.9歯
90%以上
12.8%


1歯以下
45.6%
30%以上

4.成人期の歯周病予防の目標
40、50歳における進行した歯周炎に罹患している者(4mm以上の歯周ポケットを有する者)の割合の減少
40、50歳における歯間部清掃用器具を使用している者の割合の増加


40歳:32.0%
50歳:46.9%
35〜44歳:19.3%
45〜54歳:17.8%
歯周病 27.3%


3割以上の減少

3割以上の減少
50%以上

喫煙が及ぼす健康影響についての知識の普及
禁煙、節煙を希望する者に対する禁煙支援プログラムを全ての市町村で受けられるようにする。