水道水フッ化物添加について

久米島公立病院院長
西平竹夫

講演内容

 (1)シンポジストの依頼理由

 私は公立久米島病院院長で内科を担当しています。 フッ化物や歯科についてはまるっきり素人であり、 シンポジストとしては適任ではないと思いましたが、 フッ化物の問題について率直な目で、 公正にみて欲しいと要請がありひきうけました。 膨大な資料を頂きまして約1ケ月程勉強して、 私が理解した事や私個人の意見等をここに述べさせてもらいます。


 (2)私と口腔疾患との関わり

 私はこれまで虫歯に悩まされた記憶はありません。 ただ大学生の頃親知らず (智歯) の痛みで休みました。 何年かあと、 セントルイス市民病院でインターン生の時再発しましてワシントン大学で抜いてもらったことがあります。 右下顎が大きく張れて一週間程苦しんだ経験があります。 40台後半頃より歯がぐらつき始めて歯科医にお世話になりだしました。 その頃8020運動のことを歯科の先生より始めて聞きましてそれ以来、 歯を磨くたびにどうしたら歯が80歳まで頑強になるか考え続けています。 現在約一割前後が80歳で20本の自分の歯をもっているそうです。 フッ化物については深く学んだ事もなく考えたこともありませんでした。


 (3)私は虫歯は子供の病気だと今日まで思っていました。 皆さんはどうでしょうか?

 虫歯には二種類あります。 子供に多発し咬合面に起る歯冠部の虫歯 (子供から青年期) で乳歯の虫歯は低年令でかなり減少しているが成人の虫歯はあまり変わらないそうです。

中高年になりますと年令とともに萎縮する歯肉萎縮に伴う歯根の露出面 (象牙質) にできる歯根面虫歯 (30〜40歳代で20%、 50〜60歳代で38%、 75歳以上で56%と年齢とともに増加)。 従って虫歯は一生涯の病気でありひとたび起こると初期以外 (フッ化物の再石灰化作用で治癒) は治らないそうです。 わずかの努力で誰にでも出来るフッ化物の導入がすべての年齢に必要だと言われています。


 (4)ある情報についてそれが正しいかどうか、 なにを基準に判断するでしようか?

 数年来、 医療界では Evidense Based Medicine (根拠に基づいた医療) と盛んに言われています。 科学的に根拠があるかどうかということです。

 水道水にフッ化物を添加して人体にいかなる変化が生ずるかあらゆる面から研究し、 なおかつ今も研究が続いて50年以上が立ちます。 分かった事は1ppm (1の水に1mgのフッ化物) の水道水であれば虫歯を予防しかつ心配する副作用が全くないという事であります。 それに地域による温度差も考慮しています (暑い地方は水分を余計摂取するので濃度を薄くする。 寒い地方はその逆)。 この事実を先進国を含む多くの世界の国々は認めて、 公衆衛生学的手法でより多くの国民に恩恵を与えているという事です。 日本は認めてはいるが実践はしていない状態です。

 今から40〜50年程前、 日本の脳卒中はほとんどが高血圧による脳出血と考えられていました。 膨大な公衆衛生学的研究 (疫学的研究) の結果、 食塩のとり過ぎが血圧の原因とわかり、 現在ではすべての人々が血圧の予防に塩分を押さえるようになり、 脳出血も先進国なみに減少しています。 根拠に基づく医療がすべての人々に理解されている一例です。

 虫歯の予防には、 歯磨きと糖分の制限が行われてきました。 今日歯磨きでは虫歯は防げないと言われています。 糖分のとり過ぎが日本で一時期虫歯の増加をきたした事がありましたが、 日本より糖分の摂取量がはるかに多い国でむしろ虫歯が少ない事が疫学調査でわかり、 糖分のとり過ぎが必ずしも虫歯になるという事は正しくないようです。 フッ化物を利用している国は糖分を多くとっても虫歯になりにくいという事実があります。


 (5)フッ素とフッ化物に関する基本的知識

@ フッ素は自然界のあらゆる所に存在します。 我々の体にも存在する微量元素であり人体の構成要素 (日本以外では栄養素) です。 日本では毒と思っている人もいますが、 ビタミンAやDもとり過ぎると中毒します。 フッ化物も同様です。 人体に必要な至適量があります。

A 成人では胃腸から吸収されたフッ化物の50%は腎臓から排泄、 残りの大部分は歯や骨に沈着、 予供は30%は排泄、 歯牙形成期に歯に沈着するため歯のフッ素症は6〜8歳以下の子供にしか生じません。 フッ化物は発育期にはよく体に吸収され利用されるが成人以降はより多く腎臓から排泄されます。

B フッ化物の働き:虫歯発生は口腔内常在細菌により糖の分解で酸分泌がおこり、 pHがある閾値以下になるとエナメル質のカルシウムが溶け虫歯になります。

 フッ化物は再石灰化の促進、 耐酸性化の向上による脱灰の抑制、 抗菌、 抗酵素作用による酸産生の抑制により虫歯を予防します。

C 日本の水道基準では0.8ppm以下は認められています。 現在水道には0.1ppm (具志川村の水道水は0.05ppm) しかはいってないので虫歯予防のため0.8ppmまで濃度の調整しようという考えです。 (水道水フッ化物濃度適正化の運動がそれです。 フロリデーションといいます)

D フッ化物の適正摂取量:軽度の歯のフッ素症を起こす事なく、 虫歯をへらす為に必要な一日必要量:0.05mg/kg/day:6〜12ケ月0.5mg。 1〜3歳0.7mg。 14〜18歳3.2 (女2.9) mg。 19歳以上3.8 (女3.1) mg。 許容上限レベル:6〜12ケ月0.9mg/day、 1〜3歳1.3mg/day、 4〜8 歳2.2mg/day。 9歳以上は歯のフッ素症の心配はないため10mg/dayです。

E 水からのフッ化物の総摂取量:米国での水道水フッ化物至適濃度は0.7〜1.2ppmに設定。

 至適濃度 (lppm) の水道水フッ化物濃度適正化地域の子供達の一日飲食中のフッ化物摂取量は平均0.05mg/kg/day。 成人の平均摂取量は1.4〜3.4mg/day (フッ化物添加されてない域の摂取量、 0.3〜1.0mg/day)。

日本人成人のフッ化物摂取量は、 約0.48〜2.6mg/日 (飯塚1975) です。

 国民1人が食物から摂取する一日のフッ化物摂取量の国際比較 (1975) ではほとんど差はなくアメリカ1.03mg、 ノルウェー0.91mg、 イギリス0.94mg、 日本0.92mgです。

 水道水フッ素化は膨大な資料により安全である事が証明されています。

F フッ化物は、 大部分は腎臓排泄性であり一部が歯牙や骨組織に沈着するので安全性の面で腎臓との関連は大事と思います。 透析に移行しない程度の腎臓障害者にとっても安全が確認されている (腎疾患による死亡率や発病率は低フッ化物濃度地域と高フッ化物濃度地域で差異はない又歯のフッ素症や骨フッ素症が多いわけでもない)、 透析患者さんにもその他の微量元素の対応に準じて行えば問題はないようです。 (透析装置の責任者が逆浸透法や脱イオン法のような技術を用いて透析治療前に過剰な鉄やマグネシウム、 アルミニウム、 カルシウムその他のミネラル同様にフッ化物も取り除くように勧告しています。 実際水道水中の有害含有物を除くために逆浸透装置、 RO装置を用いてフッ化物を0.08mg未満にRO水は調整されている) その他、 がん (骨肉腫)、 奇形、 神経疾患 (アルツハイマー病)、 妊婦の染色体の異常 (ダウン症) 等すべて心配ないと研究成果は示しています。

G 海洋深層水のフッ素濃度は1.37mg/と報告されていますが、 市販の深層水は食塩を取り除く際にフッ化物も同時に除かれるためにフッ化物はほとんど入ってないようです。 従って虫歯予防には役立たない。

H フッ素はあまりにも膨大な研究成果による公衆衛生学上の重要発見のため、 20世紀の4大業績の一つとされている様です。 (水道の塩素消毒、 予防注射、 牛乳の低温殺菌、 水道水のフロリデーション)

 私が研修生であった1967〜1969年頃は下痢血便といえばまず赤痢でした。 当時抗生物質クロマイが特効薬でしたが、 今時分は日本では赤痢はほとんど見られなくなりました。

 幕末から明治時代、 ころり死亡するため“ころり病”と大変恐れられたコレラも日本国内にはほとんど見られません。 水道の完備で水により汚染し感染する流行病はほぼ根絶されたのも、 塩素による水道水の消毒と安全性に他なりません。

 正しい疫学の知識は世界各国で利用されてすべての人々に恩恵を与えています。 フッ化物を至適濃度で正しく利用すれば、 安全性、 効果、 利便性、 安価にすべての人々に恩恵がある事を先進国を始め多くの国々はすでに知っており実践しています。

 具志川村民すべてが経済的にも裕福で、 口腔ケアにも関心が深く、 歯科医にいつでもいける時間的余裕があるとは限りません。 公衆衛生学的手法は、 すべての人々に平等に、 あまり努力せずとも恩恵をもたらしますので大変有り難いことです。

 具志川村民にとりまして、 10年以上も前からフッ化物の局所治療で久米島の虫歯撲滅運動に取り組み、 すばらしい成績をあげている歯科医の玉城民雄先生の存在は、 大変幸運であると思っています。 日本国内でやっていないから、 やらないという態度ではなく、 世界的に認められた健康にすばらしいことは一刻も早く実践して、 久米島の先進性を国内に示してほしいと考えます。 歯の健康から長寿村久米島の存在を日本各地に示す絶好の機会でもあると私は考えます。 軌道に乗るまでは実践としてフッ化物配合歯磨き剤の利用で歯の健康を維持したいと考えます。





講演者プロフイール

 公立久米島病院長 西平 竹夫 先生 (医学博士) 

  ・昭和17年7月10日生

  ・昭和36年3月 那覇高等学校卒

  ・昭和42年3月 九州大学医学部卒

  ・昭和42年4月〜45年3月 中部病院インターン&内科研修 (3年)

  ・昭和45年4月〜46年5月 琉球政府立伊平屋診療所勤務

  ・昭和46年7月〜47年6月 セントルイス市民病院インターン

  ・昭和47年7月〜51年10月 アラバマ大学神経内科レジデント&フェローシップ

  ・昭和51年12月〜平成11年3月 中部病院内科勤務 (神経内科)

  ・平成11年4月〜平成12年3月 沖縄県離島医療組合 (久米島病院準備班)

  ・平成12年4月〜公立久米島病院長