マスコミと健康情報

朝日新聞編集委員
田辺功

 私は30年ぐらい医療関係の仕事をしています。 初めて久米島に参りました。 玉城先生のお話しを聞いていましたので、 いつか来たいと思っておりました。

  「むし歯をなくそう」 というシリーズで1976年、 昭和51年6月8日朝日新聞全国版で初めてフッ化物が取り上げられていました。 「むし歯をなくそう 効く適量の水道添加 問題なしとWHO勧告」 という記事が載っています。 境脩先生が新潟大学助教授でいらした時、 久米島では11年前から行われていたフッ素洗口が、 昭和50年に取材に行ったのですが、 その頃からやる所ではやっていたということです。


マスコミの性質

 マスコミはいろいろな話を伝える拡声器のようなもので、 ものがあったら拡大して書くわけです。 ニュースは5W1H、 いつ、 どこで、 誰が、 何をして、 どうなった、 なぜ?が基本です。 珍しいものが好き、 面白いものが好き、 空飛ぶ犬とか。 珍しくないものは載らない。 飛行機の事故は大きく書く、 毎日安全に飛んでいれば一行も書かない。 今、 全国で沢山起こっている医療事故はまだ珍しいから書く、 例えば久米島病院にかかって生き残った人の方が少なかったら、 生き残った偉い人と書く。 身近な、 美しいもの、 有名な怖いものが好きなのです。 安全より危険なもの、 理性より感情。 集中豪雨、 宗男さんが出てくれば毎日次の人が出てくるまで。 権威と反権威、 ジャンヌ・ダルクも好きだしナポレオンも好き。 こういうものがごっちゃになって扱われるわけです。


 「悪いニュース好き」 は刷り込み

 毎日新聞に黒岩徹の 「世界をのぞく」 というコラムがあります。 人間は悪いニュースほど好きという話です。 石器時代、 縄文時代から、 あるいはもっと昔から、 人間は危険を知る事がニュースでした。 危険を知っているか知らないかで、 知らず知らずのうちに生き延びてきたらしい、 ということを真面目に研究した人がいるという話ですが、 当然当てにならない話です。 基本は、 人間はいいニュースより悪いニュースが好き、 褒めることより悪口を言うというわけです。


科学知識、 日本は先進国中13位

 科学の基本的な知識について成人で調べました。 98年7月の調査です。 日本は14カ国の中で13位、 1位は米国、 日本は13位、 14位はポルトガルです。 これは国民がそう言われているようなものです。 国民の中にはどういう人が入るかと言えば、 例えば新聞記者、 日本の新聞記者は非科学的じゃないかということです。 医師も歯科医師も住民も、 みんな入るわけです。 世の中に流れているニュースはどのくらい正しいかと言えば、 殆ど正しくない、 半分ぐらいは正しくないと思っていいでしょう。


3.4ベンツピレン 「がんと食品」 より

 3.4ベンツピレンという物質が1975年6月大問題になりました。 100gのパンには5%、 5gのリジンが含まれています。 リジンは栄養物です。 リジンには0.6ppb (100億分の6) の3.4ベンツピレンが含まれていますから、 リジン5gでは3ppbになる、 という測定結果が出ました。 出したのは高橋晄正、 東大講師です。

  のり1.6〜31.3      鰹節2.9〜29.8     焼肉 (炭焼き) 2.6〜11.2  

  焼肉 (ガス) 0.2〜0.6  ほうれん草0.2〜3.3  大豆3.1 (単位ppb)

 学校給食の大豆10gには31ppbの3.4ベンツピレンが含まれる。 科学13位の国では、 3ppbの3.4ベンツピレンが含まれるリジン5g (パン100g) を止めて、 他のものは止めない。 当時、 学校給食1日で平均数千ppbの3.4ベンツピレンを子どもたちは摂っていたのに、 3ppbが入るかもしれないパンを止めることを決断した!これが科学なのです、 日本の科学です。


黒木登志夫 「新版がん細胞の誕生」 より

 主婦はがんの原因について、 食品添加物44%、 農薬24%、 タバコ12%だと考えています。 がんの疫学者はタバコ30%、 食生活全体35%、 食品添加物1%だと考えています。 主婦と疫学者の間で、 がんの原因についての考え方にこれだけ違いがあります。 国民の感覚といろいろなデータとは常にずれています。

 人工甘味料チクロは発がん性シロと分かりました。 1970年ごろ、 ねずみで実験して発がん性があるとして使用中止になり、 新聞の一面、 三面、 社会面を占めるほどの大きな問題になりました。 シロになったらこんな小さな記事にしかなりません。 朝日新聞を除いて一紙ぐらいしか取り上げませんでした。 人工甘味料サッカリンはねずみでは発がん性があったが、 サルの実験ではないと分かりました。 98年サッカリンの発がん性なしもありも、 記事に書いています。 悪いことは大きく、 そうでないことは小さく書く、 みんな気づかない。


コレステロール

 昔、 コレステロールは貝、 イカ、 エビに入っていると言われましたが間違いでした。 なぜ間違えたかというと、 測定を間違えたからです。 研究者が似たような物質をコレステロールだと思ったからです。 だから、 これらを食べていいことになりました。 卵も悪くない、 毎日食べてもコレステロール値は上がらない。

昔は総コレステロール値が大問題になってチェックされたが、 今は悪玉、 善玉コレステロールというのがあって、 さらに最近では、 悪玉の大部分がそんなに悪くないと分かり、 超悪玉が悪いと分かりました。 一方では、 食物から摂取するコレステロールはそもそも全然影響ない、 肝臓自身がコレステロールを作るのですから。 肝機能を抑える“メバロチン”という薬が日本の特効薬になっています。 コレステロールについては何度も書いてきましたが、 振り返ってみると殆どが出たら目でした。


フッ化物

 フッ化物については1977年朝日新聞全国版に 「むし歯予防のフッ化物使用で論争 うがいには有害と消費者団体かみつく」 と出ています。 「上水道への混入で学者も対立」 というのが77年からずうーっと続いていて、 とても伝統を重んじる日本です。

 添加物が話題になっていたので水道水へのフッ化物添加という言葉で、 消費者団体が何でも加えるものはよくないと反対運動が出てきたのです。 これに学者先生がバックアップしました。 学者先生は正しいか、 というと全然正しくない。 コレステロールでも一転二転三転四転したでしょ。 あまりお医者さんの言うことを聞いて長生きした人はいない、 長生きなのはお医者さんの言うことを聞かないからだと私は思っています。

 フッ化物は世界中で使われています。 歯磨きはむし歯を防ぐことに成功していません。 日本の歯科の三つの輪、 歯の質、 細菌、 砂糖の三つの輪でむし歯が出来るというのが定説になっています。 定説は本当に正しいのか、 実際証明した人はいないと聞いています。 だからこれも怪しい、 というのが最近の私の考え方です。


治療から予防へ

 全体で言えば、 治療から予防の世の中になっています。 医科の世界では、 治療の中では外科的治療から内科的治療へ、 外科的治療の中ではバサッと切る大きな治療から小さく切る治療へと変わってきています。

歯科医療は一言で言えば、 外科的治療の大きな治療です。 ほとんどこれだけ!ようやく予防にフッ化物が出てきました。 内科的治療は何もないか、 本当は細菌が原因だというのなら、 これをやっつける薬が出ればむし歯は減るはず、 本当に細菌なのかと最近思っています。


8020運動

 10年前、 8020は難しいと話しました。 80歳で20億円貯めようと決心するぐらい難しいと。 現在8008です。 8848はヒマラヤの一番高い山です。 この山の雲のあたり、 もやもやとした雲のような計画ではないでしょうか。 しかし、 やるとすれば、 やはり予防です。 世界の流れです。 ガチャガチャと工事をして削って詰めて抜いてを歯科医師の大半の方が今もやっています。 歯科医師が歯をなくしています。 歯科医のいない土地へ行けば歯を抜く人はいないから、 ひょっとしたら歯が残ります。 このくらい刺激をしておけば、 沖縄県歯科医師会は本当に頑張って皆さんのために、 いい仕事をしてくれるのではないかと思っています。