住民の主体性を重視した健康支援活動の理論と実際

                    星 旦二 東京都立大学・大学院・都市科学研究科  

はじめに

  「健康日本21」の特徴は、英米や西欧で先行的に推進されてきた、生活習慣を重視した健康づくりを総合的に推進させること、指標型の目標値を設定して評価していること、更には医療活動に限定しない総合的な健康づくり計画であること、計画策定プロセスでは、住民の主体性を重視した参画手法を導入して策定していることです。

 ここでは、ヘルスプロモーションの理論を踏まえた、市町村において策定される「健康日本21」市町村計画に導入したい理念と共に、市民一人一人の主体性を重視する健康支援活動の理論と実践について考察します。

T.ヘルスプロモーションで目指すこと

1-1.総合的な健康づくり計画とその優先性

 WHOヘルス・プロモ−ションの政策内容では、「教育、輸送、住居、都市開発、工業生産、農業の部門等を健康に関連づけて優先にしていくことになる」と示しています。同時に、健康政策の位置づけを、「環境と健康の両面が中核的で最も優先性の高いものとして位置づけられ、日々の政策課題の中で、最も大きな関心が示されるべき」と示されています。

1-2.楽しい仕事と自己啓発

 県庁から示される手段にすぎない仕事をあたかも目標かのごとく位置づけて仕事をこなしていても、健康関連部局の位置づけは高まらないようです。住民の生活と健康を重視した行政自体が、住民から支持され、それが職員の自己啓発と、やりがいに結びつけるように、地方計画を活用する事が大切です。

U.新しい健康づくり戦略を導入する背景

2-1.新しい健康水準

 地域の健康水準を集団的で客観的な指標によってのみ判断することなく、主観的で個別的な健康水準、つまりQOLやWell being を大切にし、生きるプロセスや当事者の意志決定をもっと重視します。

2-2.保健医療の役割

 アメリカ政府厚生省は、死亡する要因とその寄与割合をHealthy Peopleの中で試算しています。望ましい医療の寄与割合は10%ですが、生活習慣の寄与割合は50%です。

<感染症死亡率の変遷と医療との関連>

  英米における主要感染症死亡率の低減化において、ポリオや天然痘の事例を除けば、薬物療法は大きな役割を担っていません。感染症撲滅のためには、医療活動と共に、安全な水の供給、下水道を整備していく公共政策と共に、手を洗ったり、新鮮な食材を使ったり、体を清潔にし、蛋白質を十分に摂取する個々人のセルフケアを高めていくことが大切です。

<がん死亡率の変遷理由は、医学だけでは説明できません>

 早くから疾病構造が感染症から慢性退行性疾患に移行したアメリカ合衆国における、男性の年齢調整がん死亡率の経年変化も感染症と同様な傾向が見られます。胃がん対策はほとんどと実施されてこなかったにもかかわらず、死亡率は見事に低下しています。胃がん死亡率が低下していった主な理由は、冷蔵庫の普及によって食物保存方法が、発ガンの推進要因となる塩付けと薫製の食品を摂取しやすい方法から、新鮮な肉や魚と生野菜の摂取量が増えることを可能にさせた冷蔵庫が各家庭に普及したからだと考えられています。

 子宮頸部がんの死亡率の経年的な変遷も同様です。人パピロ−マウイルスが子宮頸部がんの主要促進要因の一つですから、若い時期から男女共にシャワ−を浴びてからセックスをする習慣をつけることが大切です。

<都市部の平均寿命は、延びません>

 1965年からの30年間の平均寿命延長幅を都道府県別に経年的にみますと、男女共に最も平均寿命が延長した県は、秋田県、山形県、岩手県、富山県、熊本県、石川県、大分県、長崎県であり、逆に平均寿命の延長幅が最も少ない県は、東京都、兵庫県、大阪府、愛知県、京都府、神奈川県です。さらにこの較差は、将来的にみてますます広がろうとする傾向を示しています。これらの背景と理由は不明です。しかし、延長した県の特性は、産業開発が遅れ、医療技術が立ち後れ、乳児死亡率の改善が遅れたことは事実ですから、寿命の延び幅が大きいのは当たり前ですが、将来的にみた較差増大傾向を無視できないことです。特に都市部の地方計画では、健康を環境の側面からも再検討することが必要になるでしょう。

V.新しい健康づくり戦略を地方計画に

3-1.疾病予防の視点

 スウェ−デンの厚生省は、15年前に、1990年代に向けた施策の方向性を報告しました。その中では「社会のあらゆる分野が健康を阻害するものに対して積極的に対処する責任がある」と示しています。また、来るべき時代に求められる新しい対応としては、「既に病気になった人への対処だけではなく何故病気になったのかと、その予防活動に焦点をおかなければならない」と示しています。

 今後の活動方針として、全高齢者に対して高々10%にすぎない寝たきりや痴呆高齢者に対して「寝たきり後追い大作戦」を展開することだけでは不十分です。同時に90%の高齢者に対する「寝たきり発生予防事前大作戦」を推進することが次の課題です。

3-2.評価計画を計画づくり計画に

 活動効果をみるために事後調査を実施し、事前に設定した目標が策定されたかどうかを、追跡調査によって評価でき、同時に計画を最策定して改善していく計画にする事が大切です。

3-3.かかりつけ医師と各専門職の役割

 住民の疾病の治療や予防を担うかかりつけ医師や専門職の確保と質的向上を図ることが大切です。先進諸国のように、疾病を予防すればするほど、経済学的にみた効率的な仕組みづくりも「healthy people」の主要課題の一つです。

3-4.住民参画

 計画の策定プロセスでは、住民が中心に位置づけられていることが特に大切です。また職員は同時にその町の住民であることが多いですから、「職員が自分達の町を健康的にして自分達が住みやすくする」アイディアを住民とともに相互に提供しあうことが現実的です。なぜならば、職員が住民の健康のために業務を遂行することは、とりもなおさずそこに居住している自分達のためになるからです。健康なまちづくり活動を推進させるための最も大切な要因は、住民が町の行政計画策定プロセスにおいてアイディアを提供していく存在として位置づけられることです。

3-5.地域健康資源の開発

 住民を中心に位置づけた健康戦略を進展させていく上で、自主グループ活動や、社会ネットワーク活動、それに地域の集団給食施設、飲食店などの食産業、運動施設などの健康資源を活性化させて、健康習慣を好ましいものにしていく環境をより健康的に整備していくことが大切です。健康づくりの計画策定経過においてより多くの関係者が参画し、アイデイアが提供されることことも、健康資源の開発から見て重要なことです。

W.住民の健康づくりを支援する健康学習の推進

4-1.People First(住民第一主義) 

 健康な地域づくりにおいて最も大切な基本理念の一つは、住民自治や社会正義とも連動する、People First(住民第一主義)です。この理念は、地域レベルだけでなく、学校や職場での健康づくりでも同様です。住民や患者や児童生徒やPTAや労働者が、中核に位置づけられることを意味しています。

4-2.Informed Choice(情報提供と本人の意思決定と選択)

 健康教育に関与する専門職の役割は、健康面でのデメリットやメリットについて最新情報を対象者に提供したり、本人が希望するならば行動変容のための情報を提供し、住民の意思決定を支援することになります。健康教育の場では、専門家が判断する「最も望ましい姿」を指導したり、強要することではなく、「住民自身が自分自身の体重をどのようにするか」、「禁煙するか節煙するか」の判断は、住民や患者自身が決められる様に支援すべきです。

4-3.Non Judgement with Value(専門家が価値をつけをしない)

 個々人や人々がどのような選択をしても、その選択に対して「正しい」とか「悪い」とかの「価値づけ」をしないこと(Non Judgement with Value)も大切です。その背景と理由は、すべての人にメリットがある画一的な選択肢はあり得ないからです。一方、多様な選択肢が保障されて、個人がどのような選択をしても、その責任は、個人がもっていることを同時に確認することが大切です。

4-4.Supportive Empowerment(住民能力向上の支援) 

 WHOは、新しい健康教育の考え方として、「健康教育活動の方法は、従来から活用されてきた他者依存型で、専門家を主導とした方法から脱皮しなくてはならない」ことと、具体的な健康教育方法としては、「人々が自主的で主体的に参加することの大切さと、好ましい健康習慣を維持する環境整備の大切さ」を述べています。健康に関連した専門職が活用してきた「指導」ではなく、支援が望ましい健康学習方法です。表4-1は、WHOの提言にそって、健康教育の理念と教育方法をまとめたものです。

4-1 健康教育の理念と方法

従来の健康教育 新しい健康教育
理念 ・対象者は指導の対象 ・対象者が中心で中核(Patient First)
・トップが決定権を持つ ・対象者が決定する(Informed Choice)
・基本的人権
方法 ・他者依存型、専門家主導型 ・人々の主体的参画
・人々の意識変革と行動変容 ・保健従事者の態度変容
・一方向性 ・相互方向、相互学習
・専門家の指示が中心 ・各専門家と人々との共同作業




4-5.個々人の目標値設定と町の目標との関連

 集団の目標値は、個々人の目標値の集合体として位置づけられるはずです。目標値としては、町全体や集団のレベルとともに、それぞれの個々人の自分自身の固有の目標値があるはずです。町の計画づくりに参画する都市計画部の職員が、バリアフリーやユニバーサルプランに対して心動かされるのは、自分の家族がバリアの厳しさを実体験している場合だけではなく、自分の老後を視野におくことも大切です。

                                  

自治体の健康目標=Σ 地区の健康目標 Σ 個人の健康目標

               n=1  地区環境の整備   n=1 支援環境の整備

 健康づくりは、個人の努力だけでは不可能です。皆の支援体制と、そのための支援環境整備です。ですから、計画策定プロセスでは、自分や自分たちだけでは出来ないことを、議会に対して提案することです。地方計画で最も必要なことは、課題解決のために個人ではできない、幅広い行政の役割を明記することと、指標型の基盤整備計画と、具体的な事業実施計画、つまり予算確保が大切だと考えられます。

X.総合的な健康づくり計画を策定していく推進要因

 熊本県蘇陽町の活動から学べたことをまとめます。

5-1.健康な地域づくり担当者

 町役場福祉課の位置づけが相対的に高まったこと理由を表5-1に示します。

 5-1.保健福祉医療部門を担当する課の位置づけを高めた理由   

                                                         

   1.町の基本構想書が健康づくりを優先して策定された         

   2.優秀な人材が福祉課に配置され且つ人員増となった         

   3.他の課の若い職員が、福祉課にいって仕事がしたいと言ってくれている                          

   4.福祉課の職員が総務課に栄転していった

    5.福祉課の前課長が特別養護老人ホームの施設長に栄転した

    6.福祉課長が企画課長になって栄転した               

   7.町外から健康な地域づくり活動を視察する団体が増えた     

   8.健康関連機関や部門との連携が強化された                 

5-2.活動効果の情報公開

 保健福祉医療部門を担当する課の位置づけを高めた背景には、これまでの活動経過を冊子や報告書としてまとめたり、各種の調査を繰り返して評価し続けたことや、これらの内容を学術学会に継続的に報告し、活動してきた効果を広く情報公開してきた活動実績にも注目する必要があります。

5-3.健康な地域づくりの実践活動方法論

 蘇陽町における活動経過から、ヘルスプロモーションの推進要因を示します(表5-2)。

5-2.健康な地域づくりの推進要因                                             

 1)住民を主体ないし中心とする考え方が基本理念となった

 2)達成すべき目標として環境や文化を含む健康な地域づくりをイメ−ジした

 3)その実現のための計画を各職種各機関と共同で組織的につくってきた

 4)活動が始まる時点で、その後の効果みていく評価計画を立案した

 5)活動効果を明確にする中間評価を実施して計画を再策定していった

 6)ス−パ−リ−ダ−をおかずに住民を含めた組織的な意志決定が最も重視された

 7)各職種、各機関それぞれの主体的で創造的な参画を促すことができる話し合い

  の場を設定していた

 8)住民、各職種、各機関の任務や役割がそれぞれに共有されながら遂行された

 9)具体的な活動効果を住民、各職種、各機関が活動効果を確認しつつ喜び合っていく

  インフォーマルな宴会を通じての連携が深まっていった

10)町外からの視察が増えたことで、町役場における福祉課の位置づけが高まった    


参考文献

1) Health Promotion 1986 郡司篤晃.メジカルフレンド社.健康管理論.郡司篤晃編集.東京.1992.

2) Health Promotion 1991.「Supportive Environment」 WHO Sundsvall Statements.生活教育,1992

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  国立公衆衛生院

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20)Strategies for public health.Lorenz.K.Y.Pevra Lee Pavis.Van.Nostrand Reinhold.1981.

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