フッ素からフッ化物へ
―その歴史の始まり―

東京歯科大学         
名誉教授  高江洲 義矩 

はじめに
 いまから30〜40年程前の医歯系のテキストや論文の冒頭に、「フッ素は毒である」、「フッ素は細胞毒である」という表現で始まり、そして、むし歯(う蝕)予防に用いられていると記述されていることがあった。いま、わが国の公衆衛生審議会による「第5次日本人の栄養所要量」(平成6年)で、必須な栄養素と位置づけられミネラルとして話題となっている亜鉛、銅、マンガン、コバルト、クロム、ヨウ素、モリブデン、セレンなどに対して、前述の表現では、「亜鉛は毒である」、「セレンは毒である」、「コバルトは毒である」、「マンガンは毒である」、しかし必須ミネラルであると。ところが、亜鉛、セレン、コバルト、マンガンなどの後続の必須栄養素よりもずっと以前から、「フッ素は必須栄養素か」という科学的な検証が永年続けられてきた。世界的にも数多くの研究報告がある。
 フッ素(fluorine, フロ−リン)という用語は、元素名であるが、今から70数年ほど前の1930年代からフッ素がう蝕予防手段として注目され始める頃、一方、工業界ではフッ素を利用した有機フッ素合成品へのチャレンジがあり、そのまた一方では、無機のフッ化物を利用した工業化学の発達がありで、(fluorine)か、フッ化物(fluoride, フルオライド)かということが絶えず論議されてきた。そして、1970年代から国際純正応用化学連合(IUPAC)は、フッ素は元素名とし、無機のフッ素をフッ化物(fluoride)、有機のフッ素に対してはフッ素化合物(fluorine compounds)を呼称するようになった。
 フッ素元素の発見は、1886年、フランスのパリ大学の薬理学教授アンリ・モアッサン(Henri Moissan)によって初めて元素として単離された。モアッサン教授は、1906年に「フッ素の研究と分離、およびモアッサン電気炉の製作」でノ−ベル化学賞を受賞した。
 むし歯予防に用いられているフッ素は、フッ化物であり、天然に存在する形態の化合物である。冒頭に「フッ素は毒である」というわが国でのある種のテキストの記載を短く解説すると、細胞の中でグリコ−ゲンからブドウ糖が分解されていく「解糖系の経路」で、マグネシウムを補酵素とするエノラ−ゼ酵素が、そのマグネシウムと弱い結合様式をとりやすいフッ化物イオンが、糖代謝を抑制することを意味しているのである。それを「フッ素は細胞毒である」とまちがった表現をしている。むし歯予防で、フッ化物が歯を強める作用だけでなく、プラ−ク(歯垢)の中での酸産生の 「解糖系の経路」を抑制している作用もフッ化物の作用である。
 さらにその後の研究で、フッ素が細胞培養液中に高濃度にあると細胞のDNAの変異原性となり、染色体異常の原因になり催奇形性に関与するとの報告がでた。その頃、わが国のマスメディアの一部に、フッ化物濃度とその応用方法を無視して、「むし歯予防に用いられるフッ素が変異原性となる」と思わせる見出しで「フッ素と発ガン性」が報道されたことがあった。フッ化物の「量−反応関係」についての間違った解釈による報道であり、一部で、「フッ素の危険性」が誇大に流布されていた。

1. 生命科学の幕開けにおけるフッ化物応用
◇わが国の斑状歯(mottled teeth)の英文報告は米国のDeanの先駆的論文にも引用されていた
 フッ素(フッ化物)と人間とのかかわりを辿ると、19世紀末にメキシコの鉱山ドランゴ(Durango、メキシコシティの西北)地方に移住していたドイツ系住民にみられた歯の形成不全(Handbuch der Zahnheilkunde, 1842)、その後、1901年にはイタリアのナポリから米国へ移住する人々にみられた「デンティ・ディ・チアイエ(チアイエの歯)」をナポリ駐在の米国の検疫官J.M. Eager. が報告(Pub. Health Rep.)し、その15年後にMackay , F.S. and Black, G.V. が報告(Dent. Cosmos, 1916)によって“mottledteeth(endemic developmental imperfection of the enamel)”が広く知られるようになった。
 そして、米国保健研究所(NIH)の歯科疫学調査官のH.T. Dean(ディ−ン)が米国内の広範な斑状歯(mottled teeth, chronic endemic dental fluorosis)分布状況の疫学調査結果を精力的に報告して、斑状歯発生(歯のフッ素症)が飲料水中のフッ素(フッ化物イオン)によることが究明され、さらに驚くことに、むし歯(う蝕)がきわめて少ないことが注目された。
 その頃、わが国でも歯の形成不全の症例が報告されているが、東京歯科医学専門学校(現東京歯科大学)の正木 正は、米国のDeanの報告よりも早く、1931わが国の斑状歯の疫学調査を開始して、歯科学報(Shikwa Gakuho)に1931年に英文抄録をつけて、Masaki,T. and Mimura,K.: Geographical distribution of the “Mottled Teeth” in Japan を報告している。
 Dean はその2年後の1933年、米国の公衆衛生誌(Pub. Health Rep.)に、Masaki論文の英文タイトルに呼応するかのように、Dean, H.T. : Distribution of mottled enamel in the United States を報告した。そして Dean は、Msakiの Shikwa Gakuho の論文を1934年に引用している。この1例をとっても驚くことは、これらの科学的な情報交流が現在の情報化時代と異なって、昭和6年〜9年の船便での科学論文の情報交流の時代でのことである。

◇う蝕予防に有効な飲料水中フッ化物イオン濃度の決定
 Deanは、その後、米国歯科保健研究所(NIDR)の疫学調査官としてNIDRを中心とした共同研究を推進し、米国全域にわたって広範な疫学研究を展開して飲料水中のフッ化物イオン濃度と歯のフッ素症および齲蝕の抑制との関係を明らかにしていった。
 すなわち、地下水源のフッ化物イオン濃度とう蝕有所見率との関係で、1.0mg/L(ppm)前後が、歯のフッ素症の発現を抑えてう蝕予防効果が発現される濃度(point of maximum safety with minimumcaries)であるとことが実証された(Pub Health Rep, 56:761, 1941)。
 ただし、この濃度設定は、現在の世界的な規模からみると、あくまで温帯地域での飲水量に関係する水道水フッ化物イオン濃度であり、熱帯地域には適用されない濃度である。

◇ 栄養素としてのフッ化物とその代謝機序の解明へと
 1941年には、テキサス州ダラスでAmerican Association for The Advancement of Science(AAAS, 米国高等科学会)主催による第1回会議“Fluorine and Dental Health”が開催され、続いて第2回会議は、1944年にオハイオ州クリ−ブランドで“Dental Caries and Fluorine”としてシンポジウムが開催され、その成果は1946年に出版された。その第2回会議の出版物の序文の中で編者のP.C. Kitchin & F.R. Moulton は、“The many investigations reported in this volume bear also upon the broader andvery important subject of trace elements in nutrition. These researches in this field of dentistry are, therefore, not isolated investigations relating to dental health alone, but bear also on the profound problems of cell metabolism………”
と重要な研究課題に言及している。つまり、栄養素としてのフッ化物の研究も極めて重要であるとし、フッ化物の研究は歯科保健のみではなく、その細胞代謝機序についての究明も課題としている。実際に、フッ化物の生理生化学的機序について1930年代から精力的に研究してきた 米国保健研究所 (NIH)の生化学研究部門主任のF.J. McClure(マックル−ア)は、すでに多くの研究報告を発表し、この分野の基礎を築いていた(McClure, F.J.: A review of fluorine and its physiological effects. Physiological Reviews, 13: 277300, 1933)。
 現在では、米国の国立科学アカデミ−(National Academy of Sciences)と国立科学研究協議会 (National Research Council)を中心に「栄養所要量(Recommended Dietary Allowances, RDAs, 1989)」、と米国医学研究所(Institute of Medicine, IOM)の食品栄養審議会による「栄養摂取基準(Dietary Reference Intakes, DRIs, 1997)」によって、フッ化物が栄養素に位置づけられている。とくにIOMの主任研究者である A.A.Yates による“Dietary Reference Intakes : The new basis for recommendations for Calcium and related nutrients, B vitamins, and choline. Journal of The American Dietetic Association, 98:699708,1998”は、わが国の栄養所要量の指針となっている。

◇フッ化物の絶対摂取量を考慮した濃度決定
 D.J. Galagan(ギャラガン)らは、飲水量が日常のフッ化物の絶対摂取量の主要因の一つであるので、気候と歯のフッ素症との関連を詳細に調べて、年平均気温と相対湿度を指標とした飲水量とフッ化物イオン濃度について理論疫学的な基礎資料を示した。したがって、1.0ppm前後のフッ化物イオン濃度は、年平均気温華氏70度(摂氏21度)、年平均相対湿度おおよそ40〜70%の地域で適用されることを歯のフッ素症発現状況(地域フッ素症指数、CFI)から提唱している(Pub Health Rep 68:497,1953)。北米におけるその後の追跡調査から、う蝕予防効果があり、かつ全身的な安全域の飲料水中フッ化物イオン濃度は、現在、0.7〜1.2mg/L(ppm)(米国・カナダ)と設定されている。「至適フッ化物濃度(optimal fluoride concentration)」と呼称される濃度レベルである。
 ところが、世界的には気候がかなり異なる地域があり、そのために一日の飲水量摂取の実態には大きな差がみられる。たとえば、温帯地域では一日の飲水量が1.2〜1.6リットルとすると、熱帯地域ではおおよそ3〜5リットルとなっている。1リットル中1ミリグラム(mg)、いわゆる1.0ppmのフッ化物が、熱帯地域では1日フッ化物摂取量が3ミリグラム〜5ミリグラムとなり、これは飲料水だけからのフッ化物摂取としては、生体にとって過剰な摂取となる。これらの地域では、いま切実な問題として歯のフッ素症発生に悩み、いかにして除フッ化物操作(defluoridation)を行うか、大きな課題となっている。
 そのような観点から、WHOでは、推奨できる飲料水中フッ化物イオン濃度を0.5〜1.0mg/L (ppm) としている。
 現在では、う蝕予防を目的としたフッ化物配合歯磨剤やフッ化物洗口などの局所的応用と、水道水フロリデ−ションのような全身的応用による多面的なフッ化物応用が世界的に広まっていく中で、フッ化物の過剰摂取による「フッ化物ばく露(fluoride exposure)」という問題が発生してきている。この「exposure(ばく露)」という用語は、日本語では、曝露、暴露があり、恐ろしいイメ−ジの語感であるが、わが国の環境科学者の中では、“ひらがな”を混ぜた「ばく露」の用語が使われている。英語的な表現では、「接する」、「触れる」、「とり入れる」状態に関連しても使われているので、「optimal fluoride exposure(適切なフッ化物ばく露)」という表現も使われている。つまり、生体にとって環境汚染のような「曝露・暴露」から、栄養素としてのミネラル摂取に関しての「ばく露」、さらに人為的な添加、補給(サプリメント)としての「ばく露」などがあることになる。歯科保健・口腔保健の分野のフッ化物ばく露は、う蝕予防を目的とした人為的な添加、あるいは予防剤としてのフッ化物応用には、生体反応としての許容量があり、そのことでフッ化物ばく露の用語がWHOでも使われていることになる。

◇「歯のフッ化物生体指標(Dental Fluoride Biomarker)」の確立
 「斑状歯」、「斑状エナメル質」、「歯のフッ素症(歯牙フッ素症)」など、従来からフッ化物による歯の硬組織形成異常として知られている名称であるが、実際には、あまりよく理解されていない。
 かつて、当時の厚生省歯科衛生課長が、「斑状歯は、フッ素によらなくても見られるものである」と報道陣に説明していたことに驚いて、私は日本口腔衛生学会に「フッ素研究委員会」を設定することを、当時の学会幹事長であった日大の木所教授に直訴したことがあった(昭和49年)。現在では、学会の「フッ化物応用研究部会」として機能している。
 「歯のフッ素症(dental fluorosis)」の分類の中で、疑問型(questionable)、非常に軽度 (very mild)、軽度(mild)は、疫学的調査では意義があるが、公衆衛生的見地からみると、予防効果は高く審美性を損なうものではないので、病状としてのfluorosisの“―sis”の表現は適切でない。そこでWHOでも、fluoride biomarker(フッ化物生体指標)として検討していくことを提唱している。
 現在、世界的にみて、歯のフッ化物生体指標(dental fluoride biomarker)は、フッ化物応用を進めていく上で、大きな課題となっている。

◇ フッ素(フッ化物)の代謝および毒性研究の先駆者
 フッ化物の疫学的な発展過程は、医学医療の永い歴史でみても、代表的な疫学的特性を示している内容である。医歯系の衛生学公衆衛生学テキストの疫学の章の中も、記述疫学から実験疫学、分析疫学、理論疫学へと展開される実例としてとリ挙げられている。疫学についての歴史的な実例としては、その他にイギリスのJohn Snow (18131885) によるロンドンのコレラの大流行における記述疫学による追究で、その予防に成功した例がある。

 それは、ロベルト・コッホによるコレラ菌の発見(1883年)の29年前(1854年)のことであった。基礎医学による病気の原因究明よりも早く、疫学による予防方法が先行されることがしばしばある。フッ化物応用にも当てはまる。それが疫学の優れた特性である。
 生体における負のサインとしての歯の形成異常の原因を追求する過程で、歯の組織破壊となるう蝕の抑制という特性を発見し、それを応用していく過程は、従来から実証されてきた免疫ワクチンへの応用過程に相通ずるものがある。
 冒頭に医歯系の古いテキストで「フッ素は細胞毒である」の記述がなされてきたと述べたが、それにはフッ化物の毒性研究の背景が影響していることも見逃させないことである。
Kaj Roholm(ロッホルム)(19021948)は、デンマ−クの公衆衛生担当の医師で、鉱山労働者のフッ化物中毒症の研究をまとめて、“Fluoride Intoxication, a Clinical-Hygiene Study with a Review of the Literature and Some Experimental Investigations”を1937年に出版した。フッ化物の中毒機構を系統的にまとめようとした著書であるが、46歳の若さで夭折した。
 Roholm の研究を嚆矢として、フッ素の代謝および毒性・フッ化物の代謝および毒性研究は、無機フッ化物から有機フッ素化合物の毒性学として絶えず研究報告がなされている。
 Frank J. McClure(マックル−ア)は、前述のとおり米国のNIHで、フッ化物の代謝および栄養研究に貴重な報告実績を築いた。むし歯予防に使われるフッ化物が永遠であると同時に、地球上にあるフッ化物代謝研究/毒性学研究も永遠である。それによって、フッ化物応用の安全性が確かめられるからである。
 現在では、フッ化物の代謝および毒性研究での世界的な第一人者としては、米国のジョ−ジア医科大学の Gary M. Whitford 教授と北欧スウエ−デンのカロリンスカ大学の大学院研究科長である Jan Ekstrand 教授である。フッ化物によるむし歯予防に関しての研究で、両教授の業績は常に時代に対応した指針となる多くの示唆を与えている。

2. 保健生態学におけるフッ化物応用 
 従来、生命にかかわる学問として、自然科学、人文科学、社会科学専攻の立場からの研究であったが、21世紀は生命科学(Life Sciences)または社会生命科学(Social Life Sciences)に包括されてきている。その意味するところは、科学の名のもとに生命の存在を脅かす分野を許容しないことに人類が厳しく意識し始めたことにある。
 生命科学におけるフッ化物応用には、保健生態学としての追求が必要になる。ここでいう保健生態学とは、すべての生物・生命を包括する地球規模のマクロ的視座と、人間一個人から集団および地域を含むミクロからマクロの領域への関連と原理を考究することを目的としている。フッ化物は、まさにミクロからマクロへと地球規模でつながる物質であり、日常生活では生体構成元素としての重要な役割を果たしている物質である。そしてむし歯予防のためのフッ化物応用は、社会生命科学の領域でもある。
 そのような視点から、水道水フロリデ−ションの課題を例に考えてみると、社会的な状況、学際的・水道工学的技術、水道行政との連携、一日フッ化物摂取許容量の決定、システムとしての展開などが挙げられる。
 ここで「システムとしての展開」とは、@保健政策への位置づけ、A住民・市民への適切な情報提供、B専門機関との連携、Cモニタリングの検討とその継続、DState-of-the-art としてのフッ化物応用などがシステムとして機能していくことが望まれるということである。“Stateoftheart(SOTA)”というのは、「現在到達し得る最高の技術」のことで、その時代に対応したものでなければならないことを意味している。
 現在、厚生労働省科学研究「フッ化物応用による歯科疾患の予防技術評価に関する総合的研究(H15医療020)」では,
 ・わが国における水道水フロリデ−ションの実施
 ・フッ化物摂取に関するわが国の栄養所要量
 ・「歯のフッ素症」と「非フッ化物性エナメル斑」の鑑別診断法
 ・ライフ・ステ−ジにおけるフッ化物応用
 ・フッ化物の局所応用の継続的研究
 ・フッ化物応用の保健情報
 ・フッ化物応用と保健政策
の7つの課題研究が続けられている。

◇保健政策とフッ化物応用
 国家や地方自治体が進める健康運動は、世界的にみて現在では「保健政策(health policy)」と呼ばれているが、わが国では従来から「衛生対策」、「保健対策」という用語に固執している。政策(policy)と対策(countermeasures)では、その内容も異なってくることが多い。
 なぜ、保健対策でなく、保健政策が必要かというと、対策では未来予測よりも現状対応が優先され、その時の為政者にとっては、将来のことに責任を持つことよりも、現状への対応が為政者として効果的であり、有利であることが考えられる。為政者というのは、予測を嫌う。もっともよい例が、いま国会で議論されている「国民年金問題」である。将来予測を避けたがり、現状対策の結論を急いでいる印象が強い。時の為政者にとっては、その方が効果的、有利だとの判断ではないかと思われる。しかし、国民年金とは、林業のようなもので、時の対応ではなく、次の世代のためであり、未来のためである。そこに「対策」と「政策」の相違が如実に示されているといえる。
 保健政策においては、健康指標(Health Indicator)を示すことが、具体的な内容の一つである。健康指標には、個人の健康指標(Health indicator in individuals)と 集団の健康指標(Health indicator in population and community)がある。健康は個人の生命維持のためであり、生活の質に帰属するものであるが、集団なくして、地域なくして個人のQOLの価値は認めがたいものである。
保健政策には、四つのEに代表される要素がある。
 ・ 経済性(Economy in medical and dental expenditures)
 ・ 効率性(Efficiency in health engineering)
 ・ 有効性(Effectiveness as a preventive measure)
 ・ 倫理性(Ethics in life science)
である。

 フッ化物応用には、これらの四つの要素を包括している内容があり、そして、個人の健康指標および集団・地域の健康指標には、永年の生命科学的なエビデンスが主だった諸国によって実証されてきた実績がある。

むすびとして
 「所謂地方病的歯牙硬組織異常」として医学関係の専門誌に報告されて以来、1世紀以上の年月が経過している。そして、フッ化物(フッ素)がむし歯の発生を抑制している科学的なエビデンスが次々と報告され、地域の保健政策に位置づけられて、さらにWHOによる勧告となって今日みるフッ化物応用の時代となった。
 一方、40年程前から無機のフッ素化合物が、国際純正応用化学連合(IUPAC)による名称変更によって、フッ素(fluorine, フロ−リン)からフッ化物(fluoride, フロオライド)の呼称で統一されてきた。その意味するところは、それだけフッ素とフッ化物が人類の生活の中で広く用いられてきて、そのフッ化物の用途が明確になってきたということである。
 フッ化物は、むし歯予防に用いられるが、ミネラル成分でもあり、薬剤でもある。ミネラルとしてのフッ化物の栄養学的研究は、わが国では著しく遅れている。今後のフッ化物応用では、栄養素としてのフッ化物、ミネラル成分としてのフッ化物の認識が重要である。
 さらに、口腔保健におけるフッ化物応用では、国家的・地域的な保健政策に位置づけることが優先されなければならない。数十年前であれば、一地域での水道水フロリデ−ションも可能であったが、現在のような世界的な保健政策の動向の中では、まず国家的な保健政策と地域単位の保健政策との連携が必要である。そのことが、公共政策選択の原則となってきている。そしてその実施には、保健政策をシステムの中で進めていくことが重要である。
 このシステムとは何か。バラバラではないということ。個人的な行動だけではではないということ。他への追従ではないということ。わが国独自の保健政策であり、かつ世界的な保健政策とのハ−モニゼ−ションにつながるものであることが強く望まれている。

文 献
1. U. S. Department of Health, Education, and Welfare, Public Health service, National Institute of Dental Health (editor:F. J. McClure):Fluoride Drinking Waters, 1962.:
2. Moulton, F. R.(edited):Dental Caries and Fluorine, American Association for the advancement of Science. 1946.
3. Jones, S. and Lennon, M. : Fluoridation, In “Community Oral Health”Pine, C.(edited.)Reed Educational & Professional Publishing, Ltd. 1997.
4. Fejereskov, O., Ekstrand, J., Burt, B.A.(edited) : Fluoride in Dentistry, 1996.
5. 高江洲義矩:保健政策とフッ化物応用, ヘルスサイエンス・ヘルスケア, 3:29, 深井保健科学研究所, 2003