アメリカにおけるフルオリデーションの歴史とその奨励

アメリカ歯科衛生研究所(NIDR) 上席研究官

アリス・ホロウィッツ

 歴史的背景:フルオリデーション開始前のアメリカ人の口腔内状態がどれくらい悪かったかを説明することは難しいことです。しかしその当時歯肉膿瘍やう蝕による前歯部の欠損が一般的によく観られていたことは確かです。比較的年少の子供の第一大臼歯の抜歯も一般的でした。20世紀初頭では中年になると歯を喪失することはあたりまえと考えられていました。しかしフッ素の特性が発見されて,その状況は変りました。自然の状態でフッ素が含まれている飲料水を飲んでいる地区の人たちは,フッ素が含まれていない地区の人達と比較してう蝕がかなり少ないことがわかったのです

 

う蝕予防に大きな働きを示すフッ素の発見は第一級の疫学的発見でもありました。フレデリック・マッケイ博士は20世紀初頭にコロラド州のコロラドスプリングで歯科医院を開業しました。間もなく彼は自分の患者の多くが今まで見た事もないような奇妙な白いしみのついた歯をしていることに気づきました。これは地域独特の「コロラドブラウンステイン(コロラドの茶褐色斑)」と呼ばれるようになりました。彼は早速調査を始め,この症状はこの地域に生まれるか,赤ちゃんのときにこの地区に移って来て,長期間居住した人達にだけ見られることを発見しました。

マッケイ博士はその原因は環境的なものであるに違いないと考えました。なぜならばそれは磨いても除去できるものではなく,しかもそのような歯を持っている人たちは同じ水系の水を飲んでいたからです。1930年までに新たな改良型の水質検査方法が開発されました。マッケイはその水を分析した結果,最高14 ppmのフッ素が各サンプルの水に含まれていることが明らかにしました。この発見によって当時新設されたNIH(米国国立衛生研究所)に初めての歯科医が着任することとなったのです。

彼の名前はトレンドリー・ディーンといい,NIHおける歯科衛生部門(のちのNIDR:米国国立歯科研究所,現在のNIDCR:米国国立歯科顎顔面研究所)の初代の着任者となりました。ディーン博士は,まず歯牙フッ素症(フッ素過剰摂取による歯牙の白斑)に焦点を絞った研究を始めました。彼は飲料水中にある一定のレベル(濃度)のフッ素が含まれている地区に居住する子供達にう蝕が非常に少ないことに気づきました。

彼とその共同研究者たちは次にイリノイ州の4つの地区におけるフッ素濃度とう蝕の関連を調査しました。その結果歯牙フッ素症とう蝕の関連は逆相関になるであろうという彼の仮説はより強いものになりました。

彼はさらに飲料水中のフッ素濃度が1 ppmまで上昇する間はう蝕が急激に減少するという一連の研究を行いました。これらの所見は温帯のアメリカでは飲料水中の至適フッ素濃度を1.0 ppm〜1.2 ppmに採用する根拠となりました。この基準は今日においても適正であると認められています。これらの所見は前向き研究が安全に実施できることを公共諸機関に十分納得させるだけの証拠となっています。

1945年,ミシガン州のグランドラピッズ市がアメリカで最初に水道水フッ素化を始めました。この地区の学童と水道水非フッ素化地区のミシガン州ムスケゴン市の学童とのう蝕が比較されました。その結果,グランドラピッズとすぐ後にフッ素化した3都市の子供達のう蝕は劇的に減少し,このことがアメリカの他の多くの都市におけるフルオリデーション開始につながりました。これらの初期の研究以来,何百という研究がアメリカだけでなく世界中の国々で行われました。

1950年代〜1960年代,これらの初期の研究結果に基づき,できるだけ多くの地域でフルオリデーションが実施できるような大きな努力がなされました。米国公衆衛生局,米国国立衛生研究所,米国防疫センターはフルオリデーションを推奨するとともに,フルオリデーション装置の設置のために限定した経済的援助を行いました。

フルオリデーション開始以来,米国公衆衛生局ならびにアメリカ歯科医師会(日本歯科医師会と同じような機関)を含む他の多くの保健機関がフルオリデーションを推奨し続けています。過去55年間,歯科医師,歯科衛生士,その他の保健関係者達が熱心に各地域でフルオリデーション実施のために働いてきました。たとえば,こういった多くの専門家が各家庭をまわって住民や政策決定者に対して説明を行ってきました。

組織化されたグループが,公衆衛生・保健関係者の教育用にデザインされたフルオリデーションの利益についての教育あるいは情報提供教材を開発しています。

フルオリデーションの普及に関する最も新しい米国のデータ(1992年)によると,至適フッ素濃度を含んだ上水道の供給を受けている人の割合は全人口の約62 %です。

米国の50大都市のうち43都市がフッ素化を実施しています。米国の「ヘルシーピープル2010」における「国民の健康増進と疾病予防の目標」には「フルオリデーションされた飲料水の供給人口の割合を現在の62 %から75 %に増加させること(改善率21%)。」が謳われています。我々はこの目標を2010年以前に達成できる確信しています。

口腔の健康は全てのアメリカ人の健康とQOL(生活の質)にとって重要なことであることが認識されているので,保健関係以外の人たちも同様に口腔の健康を重視しています。近年,カンザス州のある宗教団体によって運営されている健康財団がフルオリデーションの健康利益に関する教育普及とフルオリデーション装置購入基金の提供を始めました。さらに非フッ素化地区の多くの個人開業歯科医がう蝕で崩壊した子供達のひどいう蝕の治療に閉口し,多くの場合歯科医自身の費用をつぎこんでまでその地区でフルオリデーションを始めています。

2〜3か月前,マリーランド州のある地域の歯科医がオレガニー歯科医師会,オレガニー医師会,オレガニー保健局と共同してフルオリデーション実施に向けての活動組織を設立しました。長い間フルオリデーション実施を阻んできた地域において彼らは成功をおさめたのです。

フルオリデーションは最も理想的な公衆衛生手段の一つであると言えます。なぜならば,全ての人に恩恵を与えることができるからです。多くの人がフッ化物は子供にだけ有効であると信じている場合が多いようです。実はこの誤った認識は過去にアメリカのいくつかの都市においてフルオリデーションの実施を妨げる原因になったことがありました。

フルオリデーションは20世紀においても尚,公衆衛生の偉大な成果でありつづけています。すなわち,国民性を超えて,老若男女,貧富の差にこだわらず全ての人に恩恵を与え,口腔の健康を改善できる,しかも経済的な方法なのです。

フルオリデーションの推奨

この発表は,「研究の結果が,他の研究者,保健提供者,消費者,鍵となる政策決定者などの適切な人たちに還元されるべきである。」という根本的な前提に立っています。その結果,全ての個人,社会が口腔の健康が改善され,恩恵を受けることができるのです。フルオリデーションに関する主な研究結果は50年以上も前にさかのぼります。これ以上の公衆衛生的な方法で有効な結果があるという研究は出ていません。

過去55年間,う蝕予防に関する何百という研究が行われてきました。こういった研究に基づくならば,この非常に一般的な感染症はほとんど撲滅できるか,少なくとも劇的に減少させることができると言う情報が得られています。

米国防疫センターはフルオリデーションを20世紀における10の偉大な公衆衛生の功績の1つであると認めています。

さらに,健康教育ならびに健康増進に関わる研究は,公衆(the public)に公的権限を与えることで多くの疾病を予防し,健康状態をコントロールすることができることを示しています。公衆に権限を与えるためには,まず我々が力をつけなければなりません。力をつけると言う意味は,我々が第一次予防に関する適正な情報を得て,それを維持すること,またその情報を他のグループに伝達する知識と技術を持つと言うことです。我々は知識を他の人たちと共有すべきです。そうすることによって,子供も大人も含めた日本人全ての口腔の健康が改善できるようになるのです。

フッ化物がう蝕予防のすべてのプログラムの「かなめ石」であるのと同じように,フッ化物の適正な利用に関する教育はフッ化物利用受け入れの「かなめ石」なのです。

口腔保健教育はその教育を受けた個人が適正な健康方法を決定する上で,どの程度基本的な口腔保健情報をきちんと収集し,それを解釈し,自分のものとして理解するかという能力の程度に影響を与えます。もしも個人が適切で正しい情報を得ることができなければ,その人は正しい判断はできません。我々は全ての人たちにフッ化物の恩恵について教育しなければなりません。たとえば,母親がフッ化物のう蝕予防効果を知らなければ,彼女達はフッ素含有歯磨剤を購入しないでしょう。また中高年の人達がフッ化物の歯根う蝕予防効果を知らなければ,フッ素化された飲料水をあえて飲もうとはしないでしょう。

同様に重要なことは,教育を受けた公衆は作り話や反フッ素派のメッセージを信じることはほとんどないということです。公衆がフッ素について十分な情報を与えられていなければ,彼らは反フッ素派やそのメッセージの影響を受けやすくなるのです。

我々は全ての人が,フッ素が何であり,どのように作用し,なぜフルオリデーションが非常に優秀な公衆衛生的手段で,非常に経済的なのかを知るべきだと考えています。

簡単に言うと,フルオリデーションは「歯」「時間」「お金」をSAVE(守る,節約する)します。全ての人がこの事を受ける権利を持っています。そして,それを皆に与えることが私達専門家の責任なのです。

政策,規制,組織が健康教育・健康増進の努力を強化します。疾病予防に貢献する適切な予防行動を援助するために公共の政策がとられるという明らかな時代的動向があります。たとえば,いくつかの国々では未成年者に煙草やアルコール製品が行き渡らないような措置を講じています。

またある国ではフルオリデーションが法的に義務付けられており(アイルランド,イスラエル,南アフリカ),多くの国々で車のシートベルト着用やチャイルドシートが法的に制定されています。

1957年,日本は子供の基本的権利を認める子供憲章を制定しました。

この憲章の中では以下のことが述べられています。

「全ての子供は適切な栄養,住宅,衣服を供給されるべきであり,疾病から保護されなければならない。」日本は乳幼児死亡率の低下と幼児期の予防接種率の増加という点ではすばらしい功績をあげています。これからは高いう蝕有病者率に取り組む時期です。

健康とはある社会学者が定義しているように「価値ある仕事を行うための最適な能力の状態である」という概念です。この定義はQOL(生活の質)と関連しています。健康な自然の歯を持ってすばらしい笑顔で笑えることは,生涯を通して健康で,高いQOLを保っていることにつながります。フルオリデーションは生涯を通じてその水を飲む人たちに健康な歯と笑顔を与えることを保証しています。

米国公衆衛生局長官は最近以下のような発表を行いました:「フルオリデーションは全ての年齢層の人に,またどんな社会経済層の人にも恩恵をもたらす,効果的で,安全で理想的な公衆衛生的方法である。」日本の人たちもこの予防方法の利益を否定すべきではないと思います。

フルオリデーションは日本において実施されるべきです。それは健康的で倫理にかなった,しかも論理的な方法なのです。