「国民の健康」より自己保身で動く日本の産官学 

読売新聞論説委員

馬 場 錬 成

 フッ素の水道水への添加でむし歯を予防する公衆衛生が、なぜ日本では推進できないか。世界57カ国で実施されているむし歯予防法が、日本では検証もされず、放置されたままになっている。その結果、日本の十二歳児のむし歯の数(正式には過去にむし歯になった本数もカウントする)は、先進国の中で最も多くなっている。つまり日本の子供は、むし歯有病率で世界のワースト1である。

 昔からむし歯の多い国は、一人当たりの砂糖消費量の多い国だった。たとえばオーストラリアの国民一人当たりの砂糖消費量は、日本の二倍以上である。オーストラリアをはじめアメリカ、アイルランド、スイスなど多くの国で、微量のフッ素を水道水に添加する公衆衛生をやっているからだ。

 フッ素の公衆衛生による予防が、なぜ日本では普及しないのか。

 それは、日本歯科医師会と厚生省と大学人の怠慢である。特に歯学部の大学の教師が、自分の研究分野以外にほとんど関心を示さないのは、怠慢以外のなにものでもない。この傾向は、医学界全体でも同じだ。国民の健康よりも、自らの保身を優先させる言動が多すぎる。「科学」より「情実」を優先させる風潮がはびこっている。

厚生省の一部の官僚の施策優先順位は、国民の健康が第一ではなく、自らの仕事の負担を軽くすることだけを考える事勿れ主義、問題の先送りである。

フッ素添加の水道水がいいのか悪いのか。なぜ、やらないのか。その明確な理由を歯科医師界も厚生省も国民に示していない。フッ素の公衆衛生利用について、国ぐるみで研究することもなく、ただ漫然と歳月を費やしているだけだ。

しかし、いずれ日本でも水道水フッ素添加は始まるだろう。ある時点から堰を切ったように全国に広がるだろう。そのとき、なぜ長年、むし歯予防にフッ素利用を積極的にしなかったのか。その間、むし歯に悩み、治療に費やした膨大な歯科医療費は、どのような意味があったのかを問われる日が来るだろう。

まず、フッ素水道水実施への第一歩を踏み出さなければならない。

フッ素の公衆衛生による予防が日本で普及しない理由(当日配布プリント)

1.歯科医師会の後ろ向きな態度

  ・虫歯がなくなると困る

  ・歯科医師の勉強不足と認識不足

2.厚生省の許しがたい怠慢

  ・国民の健康よりも歯科医師会の意向を尊重

  ・役人の先送り体質

3.自治体の認識不足と怠慢

  ・当事者能力を欠いた行政意識

  ・何事も国頼み

4.マスコミの勉強不足と決断のなさ

  ・情報の不足も原因

  ・反対派の意見を入れるため焦点ボケ

5.怒らない日本国民

  ・自分で判断しないで行政の言いなり

  ・マスコミが取り上げないと信用しない体質