中国における水道水フッ素化の実施計画

北京大学口腔医学院 教授

(中国全国牙病防治指導組 副主任)

張 博学

1. 中国水道水フッ素化計画に関する背景紹介:

  全国牙病防治指導組(NCOH)の設立;NCOHは1988年12月16日に設立し、そのメンバーは主に国家衛生部、歯科大学の学長、各省の予防歯科専門家により構成されている。その任務は中国における口腔保健の国家計画の作成、口腔保健の国家プログラムおよび活動の組織化と協力、学術交流活動の実施、口腔保健に関する新しい成果の紹介ならびに国際交流と合作の推進である。

  中国の水道水フッ化物含有量;1991年のデータによると中国の総人口は11億3千万人で、その内、8千万人が高フッ素地域(供給水源のフッ素含有量>1ppm)に生活しており、8億の人が低フッ素地域(供給水源のフッ素含有量<0.5ppm)に暮らしている。

  NCOHは中国のむし歯予防にフッ素の応用を推奨する;1991年12月NCOHの主催で広州市においてむし歯予防のフッ素応用に関する全国シンポジウムが開かれた。このシンポジウムの主な目的は、人々の健康のために中国の状況に応じてフッ素の利点を生かし、将来中国でむし歯予防のためのフッ素の応用に対する認識や考え方を推進することであった。フッ素の応用に関する基本的な考え方は"フッ素の利点を生かし、弱点を抑える"ということである。その理由はいくつか考えられる。

  1. 多くの国々と地域の研究データおよび実施経験からすでにむし歯予防のフッ素の応用は有効であることが証明された。共通の認識として適切なフッ素地域またはフッ素の低い地域に適量のフッ素を添加することによってむし歯予防および口腔と全身の健康の維持に顕著な効果をもたらすことが科学的に示された。
  2. むし歯は多要因性疾患で、その予防には総合的な方策が必要である。その中でも、フッ素の応用は重要な公衆衛生手段として地域レベルでの応用にもっとも適している。それゆえ、フッ素に関する科学知識の普及や教育を高める必要がある。人々に適切なフッ素の応用はむし歯の発症を急激に減少させることができると認識させ、“2000年までに、すべての人々に健康を"という目標を実現するには最適な手段であることを理解してもらう。
  3. 長年にわたり、中国と諸外国のフッ素の研究と実践によって適切なフッ素の添加(水道水フッ素化あるいはフッ素化食塩)は安全、有効かつ経済的なむし歯予防手段であることが証明されている。
  4. 我々の経験では中国の各地の状況に応じて、またわが国の多様性を考慮して、むし歯発症の高い地域でかつ諸条件を満たした場所を選定して、水道水フッ素化あるいはフッ素化食塩を試験的に実施する。その際には、調査および充分な科学的根拠に基づいて厳選する必要があることを強調すべきである。一度実施されると科学管理部門によるきちんとした管理が必要である。
  5. NCOHは特別な研究班を組織して、中国におけるフッ素の全身投与および局所応用を含めた適切な使用方策や基準を設けることに努めている。
  6. NCOHは口腔保健製品の監督および監視部門を組織し、中国における口腔保健製品の品質基準と行政管理方法を決める。これによって、積極的に国民に経済的かつ有効なフッ素入り歯磨剤および良質の口腔保健製品を提供する。
  7. 現段階では低フッ素地域および至適フッ地域ではフッ素入り歯磨剤を推奨し、同時にむし歯予防に関するその他のフッ素の局所応用についての社会効果も研究する必要がある。高フッ素地域では“フッ素を低減する処置の有効性を強める”共同研究が必要である。歯のフッ素症およびフッ素による障害の発生を最小限に抑える。
  8. むし歯の予防と治療に関する科学的研究を強化すると同時に、むし歯予防の有効な手段の研究、開発も必要である。

 

  そのため、我々は1999年第九回中国人民政治協商会議第二次大会で衛生部長宛にむし歯予防のために水道水フッ素化の実施を提案した。かつて、我が国では、ある地域でむし歯予防のためフッ素化水を集団的に供給した経験がある。しかし、歴史的な原因で中断された。近年我が国ではむし歯が増加傾向にあり、加えて多くの国々はすでに水道水フッ素化を実施し、WHOもむし歯の予防の最善策として推奨している。従って、我々も水道水フッ素化は我が国のむし歯の減少と口腔保健の推進のよい方法であると認識している。しかし、中国は国土が広くて、フッ素濃度も地域によってかなり異なっている。ある地域ではフッ素濃度が高く、過量のフッ素が体内に摂取されれば健康に被害となる。それゆえ、水道水フッ素化は地域の条件を加味しなければならない。その原則は"フッ素の利点を生かし、弱点を抑える"ということである。実施に際しては、予備的な研究や小規模の実施計画を立案する必要がある。その結果を踏まえて、適切な地域に拡大する。NCOHの方策としては、諸外国の進んだ経験を吸収すると同時に我が国で1〜2箇所の地域を選んで実験的に実施する。この方策はミルクや食塩のフッ素化実施にも適用されると考えている。

 

2. 中国住民のむし歯予防に関する水道水フッ素化の予備的(適正)研究:

  NOCHは、むし歯予防におけるフッ素の重要性とむし歯予防についての科学的なフッ素の応用の原則を充分理解している。中国住民へのフッ素化水道水の供給はその安全性、有効性および経済的な方法という理由で、NCOHの長期発展戦略中で実現すべき目標として確立されている。水道水フッ素化は必ず地域の状況を加味して、予備的研究や小規模の実験また科学的な根拠および成果に基づいて徐々に適切な地域で広める。各種調査の後に、NCOHは北京の懐柔県を小規模の集団として選定し、予備的(適正)な研究を開始する。

目的:懐柔県むし歯予防に関するフッ素化水道水供給の予備的研究は全面的に安全、確実かつ有効な水道水フッ素化を実施するための計画作りであり、その結果は懐柔県の水道水フッ素化供給の実験プロジェクトに科学的な根拠を提供する。

方法:予備的研究は以下の方法で実施する。

  • 1)懐柔県の口腔保健調査と人口動態、むし歯有病状況、歯のフッ素症および一般的な健康データの収集。

    2)懐柔県住民の総フッ素摂取量の測定と評価、空気、食品および飲料水中のフッ素摂取を含む総フッ素摂取量の測定と評価、また尿中のフッ素含有量の測定も含む。

    3)懐柔県住民の水の使用および水道水の供給システムの視察と評価。

    4)供給水道水に最適なフッ素添加量の決定。

    5)各種水道水フッ素化方法に関する技術と維持上のコストを推定し、もっとも費用—効果の高い方法に決める。

    6)フッ素添加およびフッ素測定設備を決める。

    7)実施期間中に地域参加を最大限にするため、できるだけ地元のフッ素を利用する。

    8)予備的(適性)研究の結果を衛生部および懐柔県政府への報告。

    計画の期間:NCOHが2000年末までの6箇月の期間内に完成させる。

  • 3. 懐柔県水道水フッ素化適性研究の口腔保健調査報告:

    目的:懐柔県児童の口腔保健状況の疫学的データを獲得し、懐柔県が水道水フッ素化事業の展開に適した地域であるかいなかを決め、参考としてむし歯、歯のフッ素症の追跡データを累積し、この結果は将来の口腔保健方策の指針を決める基盤とする。

    対象と方法:研究対象者は3、4、5、6、12と15歳の児童で、懐柔県の長期住民であり、周囲の5つの郷および町は低フッ素濃度地域に属する。方法としては集団におけるランダム選別方法を使って、歯科検診、むし歯の罹患率とDMFT(dmft)を算出し、地域の歯のフッ素症指数(CFI)を用いる。質管理としては調査する前に診断基準を統一し、相互検査のkappa値は0.8と設定し、両検診者の相互検査kappa値は0.9以上しかも各過程は熟練の歯科医により診査する。

    統計分析:Widows8.0のSPSSソフトウェアーを使ってデータ管理と解析を行う。その結果を第二次全国口腔衛生疫学調査結果と比較する。

    結果:対象者は1562人で、その内男性は800名(51.2%)、女性762名(48.8%)。これらの人はすべて懐柔県の長期住民で水道水を使用している。周囲の5つの郷と町(Miaocheng、Yanqi、Qiaozi、BeifangとYangsong)の水道水フッ素濃度は懐柔県の水道水と似ている。12歳と15歳の児童のDMFT/dmft値はそれぞれ1.73と2.93および0.26と0.01である。(1~9の図表参照)それは首都の北京や全国の平均値よりも高い値を示した。しかも永久歯のむし歯罹患率とDMFT値は年々増加する傾向にあった。歯のフッ素症は12歳群Dean’sのスコア分類では"疑問"であったのが4.9%で、CFIの平均数は0.02である。15歳群Dean’sのスコア分類では"疑問"のあったのが0.3%である。0.3は"非常に軽度"に属する。CFIの平均は0である。

    考察:結果として懐柔県はむし歯の罹患率は高い地域に属し、その平均値は全国および首都よりも高い。しかもその傾向は年齢とともに増加する。12歳と15歳の児童のCFI値はそれぞれ0.02と0であるから、この地域は歯のフッ素症の罹患はないことを反映した。水道水フッ素化実施されたところの指数を見てもCFI値はみんな0.2以下である。

    結論:水道水フッ素化の定義はすなわち水道水フッ素濃度の低い地域の上水道水にフッ素を添加し至適レベルまでフッ素濃度を調節することで、その目的はあらゆる人々の歯をむし歯から守る。しかも潜在的な歯のフッ素症を最低レベルまで制御する。水道水フッ素化実施の条件としては飲料水のフッ素濃度は0.4ppm以下、むし歯発症率の高い地域で、CFI値は0.2以下であること。懐柔県児童のむし歯罹患率およびDMFT/dmftの平均値は首都および全国よりも高いことから、当該地域はむし歯発症率の高い場所であることを示している。CFI値は0.2以下であるから歯のフッ素症が発生していない。地域の飲料水フッ素濃度は0.2ppm以下である。

  • この疫学調査から得られたデータにより懐柔県は水道水フッ素化プログラムの展開に適切な地域であることが示された。