富岡甘楽地区の歯科保健対策の成果と今後の課題

社団法人富岡甘楽歯科医師会    専務理事 萩原吉則

 

富岡甘楽地区は、群馬県の南西部に位置し、北西に妙義山、南に稲含山が連なり、南西部は山岳丘陵地帯、北東部は平坦地になっています。圏域は、富岡市、甘楽町、下仁田町、妙義町、南牧村の1市3町1村で構成されています。地区内の人口は、およそ8万5千人です。

富岡甘楽歯科医師会〔会員36名〕は、平成4年5月に完成した富岡甘楽口腔保健センターに事務局を置き、地域の歯科保健の充実をめざしてきました。歯科医師会には常勤歯科衛生士3名〔1名は事務を担当〕が現在勤務しています。

平成5年には、公衆衛生活動の目標を具体化した「各ライフステージにおける歯科保健対策」を立案し、生涯を通した歯科保健システムの確立をめざしています。その対策の内容は、乳歯のむし歯予防対策、永久歯のむし歯予防対策、児童生徒の歯肉炎予防対策から始まり、成人・高齢者の歯科保健対策、訪問歯科診療、訪問口腔衛生指導、心身障害者(児)の歯科診療までを包括する総合的なものです。現在実施されている歯科保健対策の成果と今後の課題について考えてみます。

 

乳歯のむし歯予防対策

管内全市町村で、乳歯のむし歯予防対策として、従来の歯科保健対策に加えて、フッ素塗布と「家庭でのフッ素利用」を組み合わせた方法が実施されています。その結果、3歳児のむし歯経験歯数が約5本から1.32本に、有病者率が約80%から30.5%に、6年間で改善しました〔平成10年度〕。今後必要なのは、むし歯の罹患率が依然として高い、市町村の事業に参加しない児〔10〜20%〕への有効な対策です。

永久歯のむし歯予防対策

管内の保育園・幼稚園31施設中の30施設で、4・5歳児を対象にフッ素洗口が実施されています。希望者が対象ですが、実施率は95%を超えています。その結果、小学校1年生の永久歯のむし歯罹患状況が大幅に改善し、平成7年度以降、甘楽郡が県内のトップレベルを維持しています。また、富岡市も平成9年度から市部の中では最もむし歯が少なくなってきました。

平成7年には、歯科医師会・医師会・薬剤師会の連名で提出した「フッ素洗口法の学校歯科保健への導入についての陳情書」が、甘楽町、下仁田町、妙義町で採択になりました。

しかし、小中学校でのフッ素洗口については、一部の教職員の反対が強く、実施できない状況が続いています。ここ数年間、根気強く話し合いを続けてきましたが、進展する様子はありません。そこで苦肉の策として、甘楽町では平成10年度から「小中学生を対象にした家庭におけるフッ素洗口」を開始しました。小中学生の希望者を対象にして、町の予算でフッ素洗口剤「ミラノール」を配布しています。平成12年1月からは、下仁田町でも小中学生を対象に家庭でフッ素洗口を開始しました。

歯科衛生士による巡回歯科保健指導

管内全市町村で歯科衛生士による巡回歯科保健指導が実施されています。対象は、小中学校の児童生徒、幼稚園保育園の園児と保護者です。巡回歯科保健指導は、甘楽町で平成4年度に初めて予算化され、その後他の市町村でも順次実施されました。平成10年度の歯科保健指導は、中学校8校、小学校22校、保育園・幼稚園29園で実施され、参加数は児童生徒4151人、園児809名、保護者537名で、歯科衛生士の延出動回数は142回です。

指導内容は、歯肉炎予防のための正確な歯みがき方法の習得、フッ素利用についての情報の提供など、歯科保健全般にわたっていて、子供たちだけでなく、成人のむし歯や歯周疾患の予防にも結びつくよう配慮されています。

成人・高齢者への対策

市町村の健診、事業所健診、人間ドッグなどで、歯科健診や口腔衛生指導が実施されていますが、受診率が低く、具体的な予防対策に結びついていないのが実情です。

訪問歯科診療・訪問口腔衛生指導

富岡甘楽歯科医師会では、口腔保健センターの設立と同時に、訪問歯科診療を開始しました。診療依頼の増加に伴い、平成6年には担当理事を置き、特殊診療委員会を設置しました。平成8年には、群馬県と富岡市の援助により、訪問歯科診療と障害者歯科診療の送迎用に使う車両も購入できました。さらに平成10年度から、管内市町村より補助金をいただき、会の事業として健全に運営できるようになりました。

訪問歯科診療の患者数と回数は、平成4年度から毎年増加傾向を示し、平成11年度の患者数は40人、訪問回数は169回となっています。治療内容は補綴処置〔義歯関係〕が最も多くなっています。

また、特別養護老人ホーム、老人保健施設、デイサービスセンターなどで、年1回をめどに歯科健診と口腔衛生指導を実施しています。

富岡甘楽地区では、治療に対する要望にはある程度対処できるようにはなりましたが、効果的な予防対策が実施されているとはいえません。歯がたくさん残っている人にむし歯が多発し、かえって対応に苦慮しているケースが多く見受けられます。

心身障害者の歯科診療

富岡甘楽歯科医師会では、平成6年10月から口腔保健センターで、心身障害者の診療を開始しました。診療日は毎週水曜日で、診療スタッフは専任歯科医師1名〔午後は2名〕、歯科衛生士2〜6名で診療にあたっています。運営に関しては、平成7年度から市町村の補助金を受けています。地区歯科医師会が運営するものとしては、県内で初めての心身障害者歯科診療施設です。平成11年度の受診者数は延499人でした。

今後の課題

以上のように、私たちは、個人では対応が難しい公衆衛生的事業の推進や弱者への対策を実施していくのが、歯科医師会の本来の役割だと考えて活動を続けてきました。これまでの活動を通して、子供たちのむし歯や歯周疾患の予防、訪問診療、障害者診療などで、着実に成果を上げてきましたが、このままでは限界が見えてきたように思います。市町村の事業に参加しない児への対策、縦割り行政の弊害が出ている小中学校での予防対策、対象者が多すぎて有効な事業の実施が難しい成人や高齢者への対策など、現状では解決が難しい課題が数多くあります。

この問題をいっきに解決し、今後さらに成果をあげていくためには、地域全体を対象にした効果的な予防対策がぜひとも必要になります。それが水道水フッ素化だと私は考えています。

公衆衛生的予防対策の重要性

ミシガン州グランドラピッズ市で、世界で最初の水道水フッ素化事業が開始されたのは、まだ日本と太平洋戦争を戦っていた1945年1月のことです。その後、世界保健機関〔WHO〕が1969年の第22回総会で、水道水フッ素添加の推進決議をし、加盟国に「水道水フッ素化とその他のフッ素利用の推進」を勧告しました。日本もその推進決議の共同提案国になっています。さらに、WHO は1974年と1978年にも再度勧告を行っています。

水道水フッ素化は、最も優れたむし歯予防法として、現在56か国で実施され、3億人以上がその恩恵を受けています。最近20年間に、世界各国のむし歯は激減しました。その最大の要因は、水道水フッ素化を中心としたフッ素の適正利用です。水道水フッ素化は、費用が非常に安く済み、簡単に実施できる安全な方法で、給水地域のすべての住民に有効で、子供たちだけでなく成人や高齢者のむし歯予防対策としても、生涯を通じて意識や貧富の差に関係なく平等に恩恵をもたらします。

日本でもやればできる水道水フッ素化

日本では、水道法の水質基準〔フッ素濃度0.8ppm以下〕という制約がありますが、その基準さえ満たせば、各自治体の判断で、現在でも水道水フッ素化を実施できます。

富岡甘楽歯科医師会は、「上水道への適量のフッ化物添加を求める請願書」を、平成12年8月31日付で甘楽町議会宛に提出しました。現在、甘楽町議会産業常任委員会において審査されていますが、12月には結論が出る予定です。

萩原吉則(はぎわら よしのり)先生    E-mail:ysnrhgwr@green.ocn.ne.jp

1982年3月  新潟大学歯学部卒業

1985年4月  群馬県甘楽町上野3073−1にて開業,現在に至る

1990年4月  群馬県歯科医師会 公衆衛生委員会委員

1992年4月  富岡甘楽歯科医師会 公衆衛生担当理事

1997年4月  富岡甘楽歯科医師会 専務理事(現在)