医療機関向けー「未病・予防医学」ー専門情報誌  Medical Nutrition 2001 第23号

歯科保健レポートに 理解が深まるフッ化物応用ーむし歯予防の切り札,国民への啓蒙カギ

医科の予防医学系の情報誌に,フッ化物応用を紹介する記事が,載りました。藤野先生の提供です。

フッ化物を推進して行くには,医科の先生の理解を高めることも必要です。衛生学の権威ある先生方は、外国で学会などを経験されていると,フッ化物応用はごく当たり前の様です。以前,10年ほど前に、私が,高岡市での歯科保健シンポジウムに出たとき,会場からのフッ化物に対する質問が出て,簡単に答えたら,同じく同席の,富山医科薬科大学の衛生学の鏡森定信教授は、「諸外国ではフッ素利用は当たり前ですよ!」といわれ,ちゃんと理解されている先生がおられることを,大変うれしく思ったことがあります。

日本歯科医学会の「フッ化物応用に関する答申」の中にもありましたが,国民に対して情報を医科に正確に提供できるか,口腔保健専門家として,医師をも含めた,医療従事者に対しても、正しい知識を与え,協力してもらえるかが,私たちの使命でもあります。

そういった意味で,今回のこの記事は,大変素晴らしいと思いました。

以下に,記事を載せます。ご覧ください。

 

2001年2月1日号

 特集 免疫療法 歯科保健レポート
理解が深まるフッ化物応用
むし歯予防の切り札、国民への啓蒙カギ

 昨年11月17日までに厚生省(現厚生労働省)は、フッ化物が歯の表面を強くし、むし歯を予防する効果があるとして水道水へのフッ化物添加を条件付で容認し、市町村の協力の要請に対して支援するとの方針を固めた。これは水道局が定める水質基準(0.8ppm以下)の範囲内を前提とし、地域住民の合意を得ることができれば、同省は適切な濃度の設定や濃度維持システム等安全性や効果の面で技術を支援するというもの。昨年8月、沖縄県具志川村が全国初のモデル事業として検討をはじめ注目を集めた。その経緯とフッ化物応用の現状をレポートする。

 日本は他の先進諸外国に比べ、むし歯の本数が多いことはよく知られている。乳歯う蝕は3歳時で昭和60年に1人平均2.9歯であったものが、平成10年には1人平均1.8歯となり、近年確実に減少傾向を示してはいるが、まだ諸外国に追いついたとは言えないのが現状だ。また、乳歯と永久歯のう蝕には強い関連があるとされ、乳幼児期における基本的歯科保健習慣の徹底は「8020運動」の成功にも繋がるとして重要視されている。

■低コストで効果が顕著なフッ化物応用

歯科診療風景(イメージ)
 そこで歯科予防の「切り札」として考えられているのが「フッ化物応用」だ。フッ化物(フッ素)はすべての食品、清涼飲料水のほか、海水にも含まれている自然の元素。ヒトは1日に1mg摂取しているが、この量ではう蝕予防には不足で、これを補うものとして「水道水フッ化物添加」が注目され、最近議論の対象となっている。1998年までに57カ国が水道水にフッ化物を添加しており、アメリカにいたっては1億2000万人がその恩恵を受けている(図1)。この水道水フッ化物添加の利点は、低コストで実施が可能で、摂取した人全てがう蝕予防効果を得ることができることにある。

 う蝕(むし歯)は歯面に付着した歯垢細菌が発酵性糖質を代謝し、有機酸を産生、その酸が歯質を脱灰することから発症し、酸の侵襲が継続されれば実質歯の欠損にまで進行する可能性のある病変と定義されている。適量の糖分の摂取であれば自然に脱灰と歯を再生する再石灰化のバランスが保たれ、う蝕になることはないが、このバランスが崩れたとき酸の侵襲がはじまる。しかし、ここで重要な点は、初期う蝕の症状とされる脱灰は自然に治癒し、う窩が完全に形成されるまでは健全状態にまで回復する可能性があるということである。この脱灰の抑制と再石灰化の促進に有効とされているのがフッ化物とされている(図2)。

 フッ化物の利用には、フッ素洗口剤、フッ化物歯面塗布、フッ化物配合歯磨剤を利用する局所的応用と上水道フッ化物添加、フッ化物錠剤等の全身的応用とがある。フッ素洗口は主に学校や家庭で、フッ化物塗布は専門家によって行われるものだが、実際に行われている数は多いとは言えない。フッ化物配合歯磨剤はここ数年確実にシェアを伸ばし、現在では全歯磨剤中の70%を占め、広く国民に浸透している。

 局所応用はフッ化物が歯牙表面に結合して、むし歯抵抗性を強める。一方、全身的応用では、フッ化物は体内に摂りこまれ歯牙形成時にその構成成分となる。局所応用のフッ化物と対照的に、全身応用のフッ化物は規則正しく歯牙の発育時に摂取され、表面に十分に貯えられ長期間の予防効果を発揮する。

■沖縄・具志川村の歯科保健対策

 昨年はじめて厚生省に支援を求めたのは沖縄県の久米島にある人口4800人の具志川村だ。この村では平成14年度の水道水フッ化物添加を目指し、その濃度調整は0.6〜0.7ppmを予定している。村立歯科医院の玉城民雄氏によると、1980年代、具志川村でのう蝕率は非常に高く、歯科医師、保健婦、養護教員が治療に専念してもう蝕の増加を防ぐことはできなかったという。

 そこで村では平成3年に4歳時からのフッ化物洗口を開始する。この試みは保護者の同意を前提としたものだが、反対をした保護者はほとんどいなかったという。その後、フッ化物洗口は村内の小・中学校へと広がり、平成4年には児童・生徒のむし歯の本数は当時と比較して5分の1まで減少し、全国歯科保健大会において文部大臣賞を受賞するまでになった。

 この児童・生徒へのフッ化物洗口の効果を乳幼児から高齢者に至るまで受けることができないかと考えた村では、水道水フッ化物添加へと動き始める。フッ化物に対する詳細な調査・分析とコストを精査し、議会をはじめ全村民の合意を得て、昨年の国家行政への支援要請に至っている。

■治療中心の歯科教育と国民の知識不足

 日本でのむし歯予防といえば多くの人が「歯磨き」と「砂糖の摂取制限」を挙げるが、「フッ化物の応用」を挙げる人はごくわずかだ。これは今まで日本で「フッ化物応用」に対しての歯科健康教育不足と適切な情報が少なく、国民に正確な情報が伝達できていなかったためであるといわれている。このために生じた国民の知識不足はもちろんのことだが、現在行われている歯科大学での教育カリキュラムにも問題があるのではないかと指摘する声もある。今まで日本の歯科医学は捕綴・充填を中心に進歩をしてきた背景があるが、多くの歯科大学での予防に関する講義時間(口腔衛生学分野)は他の捕綴学を中心とした講義時間より短時間しか割かれていないのが現状だ。歯科医療全体が「予防」にシフトしつつあるいま、歯科医療提供者と国民の双方へのフッ化物を代表とする予防知識の啓蒙が今後重要な課題となる。

 一方、アメリカでは学童期から歯科保健教育学が組み込まれている。テキサス州の保健省が作成した小学生対象の「むし歯予防のための健康教育教材」には、小学4年生にフッ化物のむし歯予防効果を説明するイラストが載せられている。

 ここではアメフトのヘルメットをかぶったイラストを使用して、局所応用ではフッ化物が外側から作用して硬くなることを示し、また、歯が重量挙げをしているイラストでは全身応用によってフッ化物が血中に入り歯が内部から強く丈夫になることを分かりやすく説明している。

 また、小学5年生の教材には、児童自身に歯科診療費を計算させる課題も載せられている。充填1面:35ドル、充填2面:50ドル、クラウン:350ドル、抜歯30ドル、義歯2000ドル、フッ化物塗布12.5ドル、レントゲン45ドルと歯科医院での診療費が具体的に書かれ、各ケースによる診療費を計算し、子供に比較をさせている。この教材を使うことにより、子供のために先行投資をするのと、歯を悪くした後で高い治療費を払うのとどちらが得かを子供自身に計算させ、経済的な観点から歯科予防を学習するシステムとなっている。これらの教育を受けた子供たちは、やがて大人になると定期的に歯科医院を受診し、積極的に予防や検診を受けることが想像され、理想的な歯科予防医療の構造が生まれるわけである。これら歯科保健教育の日米格差が、日本での認知の遅れの一因となっている。

■課題は知識の普及

 このように、水道水フッ素添加は日本における歯科保健に対して極めて有効な手段であるが、歯が白濁したり、茶色のしみになる「斑状歯」や発がん性を懸念する意見もある。しかし、斑状歯については水道基準を大きく上回る濃度のフッ化物を摂取した場合のみに問題視されるという。発がん性についても「飲料水フッ化物添加と発がん性の危険性との間に、因果関係を示すことができていない」との報告が多く出されている。

 過去の研究では、およそ50年前から齧歯類を用いて、フッ化物の発がん性についての動物実験が行われている。この動物実験では概して中毒量に匹敵するほどの量が投与されており、細胞の突然変異が起こりやすいような条件で研究されているものが多く見受けられる。さらには、フッ素の変異原性試験として、フッ化物を添加した培養液中で各種実験細胞を培養し、突然変異が起こりうるかどうか検討しているが、これらの実験においても添加されるフッ素濃度が非常に高く、実験方法の妥当性が疑問視されている。

 1974年以降に報告された12編のヒト疫学調査ではいずれも、フッ素とがん死亡率との間の関連性が証明されなかったと、その誤った報告を否定している。

 動物実験、変異原性試験、ヒトでの疫学調査のいずれの研究においても、今までにフッ素とがんの関連性について科学的な根拠を示して証明されたことはほとんどなく、したがって、う蝕予防のために応用される水道水のフッ化物添加、ならびにフッ化物摂取が、がんの発生やがんの発育速度を促進することはないとされる。しかしながら、広く応用されているフッ化物の安全性とリスクに関しては今後も継続して検討していく必要がある。

 また、日本歯科医学会がフッ化物利用を進める見解をまとめたのは一昨年の暮れのことで、都道府県歯科医師会でも利用促進を表明しているのはまだわずか。う蝕が減ることによって開業医に経済的ダメージを与えるとの意見もあるが、国民にとってう蝕が減ることはよいことで、予防を提唱する歯科医師らも「今後、フッ化物について国民に対して正しい知識を分かりやすく説明していくことが必要」と話している。