長崎新聞の連載記事

 

長崎県歯科医師会の計らいで,長崎の地元新聞「長崎新聞」に5回シリーズのフッ化物応用についての記事が連載され始めました。

順に掲載され次第、アップして行きます。

6月3日:「う蝕予防にけるフッ素の歴史」(川崎)

6月24日:「フッ化物応用法について」(川崎)

7月22日:「フッ化物の効果とメカニズム「(飯島)

4回目(予定):「フッ化物の安全性」(新庄)

5回目(予定):「公衆衛生的予防法としてのフルオリデーション専門委員会,団体などの見解」(有田)

 


6月3日

う蝕予防におけるフッ化物の歴史 適量のフッ素が効果的 副作用なく安全

川崎浩二(長崎大学歯学部予防歯科学講座講師)

むし歯予防に使われているフッ素と歯科との関係は約100年近く前に「斑状歯(エナメル質の着色や欠損)」から始まりました。1908年Drマッケイがアメリカのコロラドスプリング地区に斑状歯が多く見られることを発見し,その原因が飲料水中の正体不明の物質が歯の形成期に関与して起こることを検証しました。その後コロラドスプリング地区の飲料水に過量のフッ素(13.7ppm)が含まれていることがわかり,斑状歯は飲料水中の過剰なフッ素を生まれてから継続して数年間のみ続けると発生することが明らかとなったのです。

1933年からディーン博士がアメリカ全域にわたる飲料水のフッ素濃度と斑状歯,むし歯との関係を疫学的的に調査しました。その結果,飲料水中に適量のフッ素が含まれている地区ではむし歯が少なく,斑状歯も少ないことを報告しました。すなわち,飲料水中のフッ素が不足しているとむし歯が多く,逆に過剰に含まれていると斑状歯が多く発生することが明らかになったのです。この調査結果をもとにアメリカではむし歯予防のために飲料水のフッ素濃度を適正な濃度に調整する方法(フルオリデーション)が1945年からグランドラピッズ市で採用され,現在アメリカ国民の約60%以上がその恩恵を受けています。適正な濃度とは0.8〜1.2 ppm(1ppmとは1000Kg中に1gが含まれる濃度)であり,海水のフッ素濃度1.3 ppmに近い値です。

実験動物ではなく,人間を対象にした疫学調査によってフッ素の副作用の方が先に発見されたことは特筆されすべきことです。なぜならば副作用に対する安全性が慎重に検証されなければ,むし歯予防法として採用されなかったはずだからです。このようにフッ素による予防法は飲料水のフッ素濃度を調整することから始まったことはフッ化物応用の歴史において知っておくべきことでしょう。

80歳で自分の歯を20本残そうという「8020運動」が日本で推進されていますが,平成11年度の厚生省歯科疾患実態調査によると,現状は80歳の平均残存歯数は8.2本で,8020を達成されている方はわずか15%程度です。歯を喪失する原因の50%以上がむし歯であることを考えると8020達成のためには社会全体のう蝕を予防する方法が必要です。「健康日本21」のではその対策法としてセルフケア能力の向上と歯科医院での定期管理等を勧めていますが,個人に任せる予防だけでは不十分でしょう。フルオリデーションはその地域全ての人に継続的にその恩恵を与えることができます。子供だけでなく,老人の歯根のむし歯予防にも効果をもたらします。従ってフルオリデーションは8020を達成するための最も現実的な公衆衛生的予防法であるといえるでしょう。

虫歯予防に果たすフッ素の効用について、長崎大学歯学部の先生たちがシリーズで専門知識を解説する(次回は24日に掲載します)


6月24日

むし歯予防におけるフッ化物の応用法について

川崎浩二(長崎大学歯学部予防歯科学講座講師)

 前回の「フッ化物応用の歴史」では、@約100年前に斑状歯の原因が飲料水中の過剰なフッ素であることが発見され、Aそれをきっかけに全米で疫学調査が実施され科学的な検証が行われた。Bその科学的根拠に基づいて斑状歯の発現が低く、むし歯の発生も減少させることのできる適正な飲料水フッ素濃度調整化「フルオリデーション」が50年以上前に始まったことをお話しました。

実はむし歯予防におけるフッ化物応用は水道水フッ素調整化以外にも表に示したように色々な方法があります。全身応用法としては、食塩へのフッ素添加(スイスなど36か国で実施)、医師の処方によるフッ化物錠剤やドロップ(アメリカ、カナダ、イギリスなど)が挙げられます。また歯ヘ直接応用する局所応用法としては、フッ素配合歯磨剤や家庭や学校で実施するフッ化物洗口などがあります。しかし、これらの方法は乳児や小さな幼児ではうがいができず飲み込んでしまうために適切な方法とはいえないでしょう。フッ化物塗布はフッ素濃度が高いため、歯科医院で受ける必要があります。

 水道水フッ素調整化以外のフッ化物応用法の共通点は、受益者が希望者だけに限られることです。しかし、その方法を希望して実施したとしてもその後どれだけ継続できるかということが問題なのです。長崎市と長崎市歯科医師会では平成11年度の1歳6か月児健診対象者全員に対して市内45のボランティア歯科医院でフッ化物塗布を含んだ定期予防管理を2年間「無料」で継続できる研究事業を実施しました。無料でも受診しなかった約35%の人たちは受診した人と比べて1歳6か月児健診で既に平均して2倍のむし歯を持っていました。また受診した人のうち約50%が研究事業開始後2年経過した時点で定期管理から脱落しています。これらのことは予防に関心のない人ほどむし歯が多いことと、経済的負担を無くしたとしても個人の努力だけではむし歯予防を継続する事は困難であることを示しています。地域住民の口の健康を守る意味からすると、「水道水フッ素調整化」は安価で全ての人に平等に恩恵を与え、しかも個人の特別な努力を必要としない公衆衛生的なむし歯予防法といえるでしょう。

フッ化物応用法 フッ素濃度(ppm) 受 益 者 応 用
水道水フッ素調整化

食塩へのフッ素添加

フッ化物錠剤

0.7〜1.2

250〜400

年齢と飲料水のフッ素濃度から量が規定

地域住民全員

希望者(購入者)

医師による処方

全身応用
フッ素配合歯磨剤

フッ化物塗布

フッ化物洗口

フッ化物スプレー

1,000

9,000

250〜1,000

100

希望者(購入者)

希望者(歯科医院で)

希望者(家庭、学校)

希望者(薬局で購入)

局所応用

 


7月22日

フッ化物の虫歯予防効果とメカニズム   低濃度の応用で半減 イオンバリアーが保護

 飯島洋一(長崎大学歯学部予防歯科学講座助教授)

 フッ化物を利用する目的はむし歯の予防です。幼児に多い乳歯のむし歯,小中学生に認められる永久歯のむし歯,高齢者が罹る歯の根っこのむし歯も同じように予防します。残念ですが,フッ化物のむし歯予防の効果は100%ではありません。

 最も効果の高い方法がアメリカで始まった飲料水のフッ素濃度を適正な濃度に調整する方法(フルオリデーション)です。多くの研究者は50-60%であると報告しています。この数字は,児童生徒の年齢で1人平均のむし歯の本数が約半分以下に減少することを意味しています。フルオリデーションによって地域全員の子ども達のむし歯の本数が現在の半分以下になることは,むし歯が国民病であることを考慮すれば大変な効果です。フルオリデーションの効果を越える単一な応用法はありませんが,小中学校で行われるフッ化物洗口法の効果は,フルオリデーションに相当します。歯科医院で定期的に応用する専門的方法は一般に20-40 %で,フルオリデーションに比較して効果があまり高くありません。家庭で行うフッ化物配合歯磨剤の効果と同じ程度です。

 なぜ,フッ化物のむし歯予防効果は100%ではないのでしょう。その理由は,歯の構造にあります。フルオリデーションの場合は前歯の平らな面には効果は高いのですが,臼歯の咬み合う面(咬合面)は効果が低いのです。咬合面は形成された時から小さな穴や溝(小窩裂溝:しょうかれっこう)があり,この場所はとてもむし歯になりやすいのです。専門的応用の場合は,歯の構造に加えてフッ化物の濃度と応用時期にあります。低濃度のフッ化物を日常的に応用することが高い効果をもたらします。歯科医院等では,高濃度のフッ化物を1ヶ月から3,4ヶ月の間隔で時々応用します。また,フッ化物は歯が生えてきた直後から応用すると効果は高くなりますが,歯の萌出時期に合わせてフッ化物を継続応用することが難しいのです。

 低濃度のフッ化物はどのようにしてむし歯を効果的に予防するのでしょう。そのメカニズムの基本は,フッ化物イオンのバリアー形成です。歯の表面あるいは歯を構成している結晶表面をフッ化物イオンが保護します。歯をむし歯の原因である酸に溶けにくい耐酸性にします。この低濃度のフッ化物イオンを常に補っておかなければ効果に結びつきません。日常的に飲用するフルオリデーションの効果が高いのは,そのためです。高濃度の場合,最初は歯質と反応し,遅れてイオンバリアーのメカニズムが作用します。

 むし歯予防効果を高める基本は,自分が家庭でフッ化物を日常的に応用することに加えて,歯科医院等で専門家にフッ化物を定期的に応用してもらうことです。さらに,むし歯になりやすい小窩裂溝を,歯を削らずに埋めてもらう処置(小窩裂溝填塞)を受けることです。プロによるケアとセルフケアの両面からむし歯を予防することで,むし歯予防効果を高めることができます。