はじめに
 50年以上にわたる世界中の広範な調査研究では、一貫してう蝕予防に対するフッ化物の安全性と効果を示しています。フッ化物の使用と安全性の科学的根拠は、数え切 れないほど多くの科学者、専門家グループ、政府機関などに認められています。フッ化物の使用によって、う蝕の発生率と有病率が減少し、多数の人々の生活の質の改善につながっています。どのようにしてフッ化物がう蝕を防ぐか (フッ化物の作用機序)う蝕予防におけるフッ化物の役割を調べた初期の調査では、その作用機序を水道水中 のフッ化物の存在と濃度に結びつけたものでした。フッ化物の効果は、発生時にエナ メル質を強化する全身的効果と関係があると仮定されていました。現在では、口腔内に適切な濃度のフッ化物が絶え間なく供給されていることが最も重 要な因子であることが明らかにされています。低濃度のフッ化物が存在することでエ ナメル質の脱灰を抑制し、再石灰化を促進しているのです。これらの発見は予防的、 治療的手段としてフッ化物利用を考える上でとても重要です。 フッ化物の局所的応用、あるいは口腔内フッ化物の適正濃度を持続させるあらゆる手 段がう蝕予防上、この上なく重要であることが確認されています。

フッ化物の供給
水道水フッ化物濃度適正化
 水道水からのフッ化物供給は、給水系が整備されている地域では、う蝕予防とう蝕治 療のもっとも効果的な公的な健康増進の手段であります。水は誰もが必要でかつ使用する食事成分の一つであり、それで地域の全ての人々に利益をもたらすからです。この方法の運用上の唯一の制約としては、信頼でき、かつ調整可能な給水路があることです。つまり、常に集中管理された水道があることを意味しています。利用人口や地理的区域に対して水道水中の最適フッ化物濃度レベルを決定するために、他の供給源からのフッ化物の利用を明らかにする必要があります。推奨される水道水中のフッ化物濃度は、水の消費量によります。それは気候により影響をうけます。また、地域ごとの文化や食習慣などもまた加味されるべきでしょう。

食塩フッ化物濃度調整(フッ素化食塩)
 フッ素化食塩からのフッ化物の摂取は、水道水からのフッ化物供給が適していない地域では望ましい方法です。フッ素化食塩による、う蝕減少の効果を示唆する研究も行われています。ある特定の国と地理的区域で活用されるフッ素化食塩の製造にあたっては、製品の品質管理のために強力な技術的援助をもって集中管理されるべきです。食塩のフッ化物濃度は食塩の摂取量の研究とその他の供給源からのフッ化物の利用度
に基づいて決められなければなりません。フッ化物濃度は食塩の包装に明記されることが必要です。

ミルクフッ化物濃度調整(フッ素化ミルク)
 フッ素化ミルクは学校保健プログラムとして特に学童へのフッ化物供給源として使われており、その効果は多くの研究により示されています。しかしながら、公衆衛生手段としては、制約があります。

フッ化物配合歯磨き剤
 現在のところ使用されているのフッ化物の供給源のうちで、フッ化物配合歯磨き剤は最も内容豊富な調査対象となってきました。十分にコントロールされた広範な研究が行われ、その大半の研究では有意なう蝕の減少によって口腔保健の大幅な改善をもたらすことが証明されてきました。したがって、フッ化物配合歯磨き剤は最も重要な公衆衛生手段の一つであり、この使用を広める努力が必要であります。幼児がフッ化物配合歯磨剤を過量に飲み込むと非常に軽度の歯のフッ素症(エナメル質白斑)の増加をきたすことになるかもしれません。この確率を減らすために、幼児のフッ化物配合歯磨剤の飲み込みを最小限に抑えることが望ましいのです。国によっては、特別に小児用として低濃度のフッ化物配合歯磨剤(550ppmF)が利用されています。これのう蝕抑制効果の証拠としては、まちまちで一貫した成績が得られていません。フッ化物配合歯磨剤をすくなくとも1日2回使い、歯磨き後には少量の水で口を嗽ぐのが望ましいといわれています。歯磨剤の容器にはフッ化物濃度と6歳未満児では歯磨きの際には保護者が監視して少量の(エンドウマメサイズの)歯磨剤を使うべきであることを明記すべきであります。

フッ化物補助剤
 フッ素錠剤はう蝕リスクの高い個別の患者に推奨され、他のフッ化物供給源の利用がない場合に地域のリスクの高い集団に一般的に使うように考えられています。フッ素錠剤のう蝕予防効果は他のフッ化物の供給方法ほど明らかに証明されていません。フッ化物素の局所効果に重きを置いた考え方から、フッ化物補助剤は飲み込む前に口の中でなめて噛んで溶かすのがよいと奨められています。また、もしも補助剤が不適切に
使われるならば、歯のフッ素症のリスクを高める危険性があります。投与量については、地域のフッ化物利用、特に水道水からのフッ化物供給量を考慮するべきであります。投与方式についても、可能なところでは、考慮されることが必要です。フッ化物投与量については国によっては多少の違いがありますが、推奨量が決められています。それらは他のフッ化物供給源に照らしあわせて、注意深く管理され適切に更新されるべきであります。

フッ化物洗口
 リスクのある個々人や集団に対するフッ化物洗口は効果的な手段である。洗口は毎日法、あるいは地域の必要性に応じて用法口授される間隔で行われます。フッ化物洗口は6歳以下の子供には勧められません*。
 *(注):わが国においては、永久歯の萌出途上にあたる4、5、6歳児に対するフッ化物洗口が実施されています。フッ化物洗口液の飲み込み量の調査によって、安全性が確認されています。また、わが国は地域レベルで飲料水のフッ化物濃度が低く、適切なフッ化物利用が行われていないという背景を勘案しなければなりません。
<参考文献>  日本口腔衛生学会フッ化物応用研究委員会;就学前からのフッ化物洗口法に関する見解、 日本口腔衛生学会雑誌、49:1〜3、1996.
 0.05%フッ化ナトリウム7mlの1分間洗口による口腔内フッ素残留量は、3歳で0.25mg、5歳で0.16mgと算出されています。これはう蝕予防のための適正フッ化物投与量(低フッ化物地区)である0.5mgF/日(3〜6歳児)を下回り、安全性は保証されています。総合的な判断から、日本口腔衛生学会では、4、5歳からのフッ化物洗口を推奨しています。

 市販のフッ化物洗口剤は個人利用を意図したものでありますが、効果的であります。市販フッ化物洗口剤は個々人の特殊なニーズに応じて使用されるべきでしょう。

専門的なフッ化物ゲルの応用
 専門的に応用されるフッ素ゲルは、う蝕に対するリスクをもつ個々人に対して適応されます。たいていの場合高濃度ですので、注意深い操作が必要とされます。

フッ化物バーニッシュ

 フッ化物バーニッシュはう蝕に対するリスクをもつ個々人に対して、あるいは歯科的、医科的治療のためにリスクが増加している患者に対して適応されます。

重複するフッ化物供給源からのフッ化物供給
 フッ化物は世界中のいたるところに自然のかたちで存在しています。フッ化物はあらゆる食べ物や水の中にいろいろな濃度で存在しています。そのためすべての人がなにがしかのフッ化物を摂取しています。フッ化物は食べ物や飲み物、適正なフッ化物濃度に調整された水、歯磨剤、洗口剤などを通じて利用できます。これは大変う蝕予防の点で有益なことであります。不適切に使えば、軽度な白斑/歯のフッ素症の増加にもつながることもあります。このためにフッ化物の利用には、調和的のとれた使用が望ましいのです。あるフッ化物利用を行うに際しては、すべてのフッ化物供給源からのフッ化物の利用が考慮される必要があります。

健康リスク評価
 もしフッ化物が適正濃度で適切に使用されたとするならば、膨大な量の科学的検証からもフッ化物がう蝕予防にとって安全かつ効果的であることは明らかです。しかしながら、歯の萌出前の形成期間中に過剰なフッ化物を摂取すれば、エナメル質白斑/歯のフッ素症の誘因となります。かつて、う蝕予防に用いられたフッ化物レベルにおいては、白斑/歯のフッ素症はわずかの人に見られただけでした。またその変化は非常に軽度で、主として審美上の問題でした。最近の研究でも、大衆は一般的に望ましくないとされる歯のささいな変化である審美的な面に気をとめていなし、あるいは見つけられてもいないと報告されています。供給されるフッ化物の摂取レベルが注意深く管理されれば、フッ化物は口腔保健を維持するためにもっとも重要な公衆衛生手段と考えられます。
(東北大学予防歯科 志村匡代訳)




世界歯科連盟(FDI)の新たな声明文
2001年
フッ化物 とう蝕

 国際歯科連盟(FDI) 上水道フッ化物添加決議 
1964年
 第52回年次回総会にて採択

1. 歯科齲蝕症は全身的健康を阻害し、疼痛を誘発して、全世界の大多数が罹患する疾病である。

2. WHO、各国政府及び科学専門諸団体より召集された専門委員会によって、齲蝕抑制手段としての上水道フッ化物添加の安全性、効果及び実用性に関する科学的根拠が検討され、承認された。

3. 過去30年間に亘る経年的観察研究の結果、上水道のフッ化物添加が齲蝕抑制に対して、 最も効果的かつ、廉価な方法であることが確認された。従って、以下の如く決議する。

 上水道フッ化物添加は齲蝕症の発生を安全かつ経済的に抑制する手段として、現状に おいては最も有効な公衆衛生学的施策であることをすべての関係当局に推薦するべきことを決議する。