月刊「歯界展望」Vol.99 No.3 p.700〜701
「水道水フッ化物濃度適正化は効果的である」

                          
                                 口腔衛生学会フッ化物検討委員会
                                          前委員長 境 脩
                                          委員長 小林 清吾

*はじめに
 水道水フッ化物添加(以下、水道水フッ化物濃度適正化)は公衆衛生特性の最も優れた齲蝕予防法として広く国際社会に認められて久しい。今日では、WHO,FDIをはじめ世界150の医学保健専門機関により、繰り返しその実施が推奨されている。1)わが国においても1999年、日本歯科医学会は水道水フッ化物濃度適正化が優れた公衆衛生手段であることを認め、わが国における専門家の合意形成を進める必要があることを表明した。また、2000年には厚生省および日本歯科医師会により、今後、地域の合意をもとに本方法の実施を支援していくことが公表されたところである。
 一方、本誌(歯界展望)2001年1月号(Vol.97 No.1)において、「フッ素の全身応用は効果的か」(小松久憲ほか著)と題し、本方法に否定的な記事(以下、当記事)が。掲載された当記事に散見される問題点を中心に解説したい。

*水道水フッ化物濃度適正化の効果
 当記事では Limebackの総説2)を論拠の一つとして、フッ化物の全身的応用法は効果が不確かで局所応用のほうが優れており、水道水フッ化物濃度適正化は避けるべきだとしている。しかし、当記事では、本方法の齲蝕予防効果が全身と局所両方の作用から得られることに考慮が払われていない。実際には、水道水を日常的に飲用することにより、低濃度のフッ化物が歯面に頻回に触れるので、水道水フッ化物濃度適正化は局所作用発現の最適条件を合わせもっている。

*水道水フッ化物濃度適正化は不要か
 フッ化物局所応用法の有効性が証明されたので水道水フッ化物濃度適正化の必要性はない、とするのは妥当であろうか。kunzel論文3)について、当記事では「キューバのLa Salud町では、添加中止後もその後実施された学校でのフッ化物洗口のみで、齲蝕の減少が続いている」と紹介されている。しかし、ここでは添加中止後、フッ化物洗口法の実施に加えて2〜5歳までにフッ化物バーニッシュ塗布が行われ、添加中止1年後の1991年と比較して、1994〜1997年での砂糖消費量が40〜50%に減少している点に留意しなければならない。
 そもそも、フッ化物局所応用の効果はそれを受けた個人または小グループに限られる。洗口ができない幼児や障害者もいるので、乳歯齲蝕や高齢者の根面齲蝕には対応できない。水道水フッ化物濃度適正化はこうした身体的条件や社会経済的条件を超えてちいきすべての人々が等しく恩恵を受けることができ、健康上の不平等を解消することのできるほとんど唯一の方法である点1,4〜5)が特に考慮されねばならない。 

*歯のフッ素症について
 Riordan論文6)において掲載されている軽度フッ素症の場合、一般の人では判別困難な例の多いことが示されており、ほとんどの歯科医師は審美的治療の必要がないと答えている。また、当論文において、水道水フッ化物濃度適正化の実施を認めており、これを前提として水道水以外からのフッ化物摂取、すなわち歯磨剤の誤飲や、過剰なフッ化物錠剤の利用などが問題とされている。
 また、Rojas-Sanchez論文7)を引用し、「フッ化物の総摂取量が限界を超えている用事が多数認められた」という当記事の表現は間違っている。問題となる歯のフッ素症を予防するうえでの上限値(UL)は1〜3歳で1.3mg/kg/day8)であり、原論文においてこの上限値を超える例はほとんどなかった。しかし、適正フッ化物摂取量(AI)である。0.05mg/kg/dayを超えるものが多いことから、より適切なフッ化物利用法を喚起しているのである。

*おわりに
 水道水フッ化物濃度適正化は、公衆衛生学的有用性が最も高いことから、他の個別的フッ化物利用法より優先してその実施が検討されるべきである。フッ化物に関する正しい知識の提供と、健康政策の推奨表明を専門機関が率先して行うことによって、住民は具体的意見をもつことができる。
 今後とも、水道水フッ化物濃度適正化および種々のフッ化物局所応用を普及するうえで、国民が主体的な選択ができるように、専門家は正しい情報の提供に努めなければならない。

(文 献)
1)Sakai,O.,Horii,K.:Spreading the effect of caries prevention by community organaization in shhoolchildren in Japan. J. Dnet. Res.,59(D11):2226〜2232,1980
2)Limeback,H.:A re-examination of the pre-eruptive nad post-eruptive mechanism of the anti-caries effects of fluoride : is thereany anti-caries benefit from swallowing fluoride? Commun. Dent. Oral Epidemiol.,27 :62〜71,1999
3)Richards,A.,Banting,D.W: Fluoride toothpastes, fluoride in dentistry (2nd ed.).Munksgaard,Cpennhagen,1996,328〜331.
4)Kunzel,W.et al. : Caries prevalance after cessation of water fluoridation in La Salud ,Cuba. Caries Res., 34 : 20〜25, 2000
5)Ripa,L.W. : A half-century of community water fluoridation in hte United States : Review and commentary. J. Public Health Dentistry, 53 (1): 17〜44,1993
6)Riorden,P,J. : Perceptions of denatl fluorosis. J. Dent. Res. ,72, 1268〜1274, 1993
7)Rojas-Sanchez, F. et al. : Fluoride intake from foods , beverages and dentifrice by young children in communities with negligibly and optimally fluoridated water : a pilot study . Commun. Dent. Oral Epidemiol., 27 : 288〜297 , 1999
8)Institute of Medicine : Dietary reference intakes. Dietary reference intakes for calcium ,phosphorus ,magnesium ,vitamin D ,and fluoride. National Academy ress, Washigton, 1997 306

 この論文は、「歯界展望」2001年1月号に載ったいわゆる小松論文に対する解説書である。厚生省(当時)や、日本歯科医師会が水道水フッ化物濃度適正化に対する見解を表明して間もなくのことであったから、小松論文を読んで、妙な錯覚に陥った歯科医が多かったものと思われる。すなわち、やはり日本では、フッ化物利用について慎重に進めなければならないのか、とか、全身応用はやはり日本にはあわなくて、局所応用が向いているのか、とか、ひどい場合は、フッ素推進派はやはり無理なことを言っているのか、などと、受け止められたふうに聞き及んだ。
 度重ねて、出版社の医歯薬に、抗議と訂正の論文の発表を申し入れられたが、なかなか受け入れられず、とうとう今日にまで遅らされた。そういう意味で、日本の学会誌は大変、公衆衛生関係、特に、フッ化物推進の記事をないがしろにする傾向にある。トピック的には記事にはなるが、地道な活動、論文には、目を向けないことが多い。世界的に見て、日本のフッ化物利用に関しての公衆衛生が遅れており、それに対して、口腔衛生学会フッ化物検討委員会を中心に、その普及や情報公開、提供に盛んに努力が重ねられている。このような論文、おそらく日本でしか発表できない内容のものが出るたびに,解説をすることになる。
 大学の研究者は、是非自覚を持って研究していただきたい。(1開業医のコメント:山本武夫)