四国新聞 2001.7.22 「日曜サロン」老〜いいつか行く道 『介護の現場から』

遅れている日本の虫歯予防

水道水の中にフッ素を 多くの先進国で実施

 奥さんは車いすに座った夫、Kさんの手を握り締め、ペースト状の食事をスプーンで 口元に運ぶ。口の中でもぐもぐするが喉(のど)になかなか送り込めない。時々、ごほんと顔を真っ赤にしてむせている。脳梗塞による嚥下障害がひどく、主治医には、 口から食べるのはちょっと無理といわれたこともある。しかし奥さんは、口から食べ させてあげたいとの一心で、毎日さんの入所している施設に通って三度の食事を介助 している。

 お茶はコップで飲みこめないし、ストローも使えないので、奥さんが注射 器の中にお茶を入れてロの中に注ぎ込んでいる。歯科医師である私がKさんに出会っ たのは五年前。脳梗塞で入院中だった。歯のかぶせがとれたとのことで、病室往診の 依頼があった。その時はセメントですぐくっつけて終わったか、その後何回か脳梗塞 を再発し入退院、施設への入退院、在宅での生活を繰り返しているうちに、ほとんど そろっていた自慢の歯は次々と虫歯で折れてすっかりなくなってしまった。

 今は折 れた歯の根っこと歯ぐきでペ−スト状の食事を食ベている。歯科専門家が時々かか わっていながらぼろぼろになってしまった。Kさんだけでなく、そんな悲惨な口の中 をたくさんみてきた。「一日三回磨きましょう。」そんなことは水をロに含むことさ えできないのに求められるはずもない。

 虫歯予防にはフッ素がよく効くアメリカや オーストラリア、香港、シンガポール、韓国など世界56カ国で虫歯予防のために水道 水の中に適量のフッ素を入れている。わが国でも水道水の中に適量のフッ素が入って いればこんなことにならなかったろう。他の先進国に比べ、ものすごく遅れている日 本の虫歯予防を情けなく思う。

 Kさんの奥さんは腰を痛めてつえをつかないと歩けな いのに、今日も入所している夫の食事介助に来ている。そんな奥さんの話し相手はK さんの同級生Mさんの奥さん。Mさんも脳梗塞で右手足が麻痺(ひ)、車いす生活を している。

 実は私はMさんのケアマネジヤ一をしている。Mさんの生活上の問題点をみ つけて、介護に必要なサービスをコーディネートする。定期的にモニタリングして サービスが適切に提供されているか、新たな問題点はでてきていないかチェックす る。でも現実はそううまくいかない。介護に疲れた奥さんが少し休養してリフレッ シュするために、ショートステイを利用したらと勧めても、施設に泊まるのは主人が どうしてもいやがるからと使えない。体重が重くて立ち上がりや歩行が難しくなって いるけど、いまさら食事制限をするのはかわいそう。

 問題点は分かっても解決策は見 出せない。結局現状維持。それでも、「ありがとうございます。」とおくさん。無力を 感じる。遠慮なく必要なサービスを必要なだけ受ける。そんな世の中になるのはいつ の日か・・・。〔三豊総合病院歯科保健センター 木村年秀〕

 四国新聞に,香川県の三豊総合病院歯科保健センターの木村先生の非常に素晴らしい記事が掲載されました。介護と関連して,水道水フッ素濃度適正化を訴える木村先生の今後の活躍をお祈り致します。(山本武夫)