厚生省,滝口歯科保健課長は、やる気!

毎日新聞系 IndepenDent Net の歯科関連ニュースから

 「なぜ、いま、水道水フッ素化の議論か」   瀧口 徹 厚生省健康政策局歯科保健課長にきく

聞き手:秋元秀俊(医療ジャーナリスト)

●フッ素化は、たなざらしにしておけない大きな課題

唐突だが、水道水フッ素化という課題は、歯科保健行政が、いま正面から取り組むべき大きな課題なのだろうか? 歯科保健行政の現局の長は、瀧口徹課長である。瀧口課長に単刀直入に尋ねたところ・・・

──それは、大きいですよ。

医療制度や医療保障の枠組みが大きく変貌しつつあるいま、歯科はその大きな変化から置き去りにされているように見える。学会は治療指針のベースになるような臨床疫学的研究に向かっていない。医療保険の給付内容や補綴に偏重した点数配分にしても、問題は指摘されるものの改革は遅々として進んでいない。歯科医師の供給過剰だって、問題を先送りにしているだけではないか。

 一方、一人平均う歯数は減少しているし、フッ素含有歯磨剤の普及など局所応用も根付いてきた。しかも現代の保健政策は、ポジティブな健康のためのヘルスプロモーションにシフトしたはずだ。そのいま、歯科保健医療行政において水道水フッ素化という課題は、正面から取り組むべき重大な課題なのだろうか?

──ライフステージ全体を考える必要があります。乳幼児から、子ども、成人、高齢者、場合によっては寝たきりのような状態も考えないと・・・。歯科疾患というのは、若い人や働き盛りの忙しい人たちにとっては、わかっていても予防ができないという側面がありますし、乳幼児や高齢者の場合にはわからないから予防ができないんです。加えて、治療してもある確率で再発して、それが蓄積していくという性質があるわけですから。たしかに全身応用を追求しなくてもいい地域はあるでしょうが、ライフステージ全体を考え、ハチマルニイマルということを本気で考えた場合に、水道水フッ素化の課題をいつまでも避けていてはいけないでしょう。

しかし、う蝕のコントロールという目的のためには、さまざまな方法がある。水道水フッ素化はその特殊なひとつの選択肢に過ぎないのではないか。 

──もちろん、フッ素は手段です。目的ではない。何が目的かといえば、いまわたしたちが金科玉条にしているのはハチマルニイマルです。そのことが日常生活動作能力(ADL)との関連などで徐々にあきらかになっています。厚生科学研究などで、介入疫学でリハビリの専門家と歯科がタイアップした研究成果が出てきていますから。普通の歯科治療が日常生活動作能力の回復につながるというような情報があります。しっかりした疫学研究があります。

こうなるとハチマルニイマルの意味あいが変わってくるわけですね。そういうところにアクセルを踏むためには、フッ化物について門戸を閉じたままにしていてはいけない。フッ化物だけで何かができるというわけではもちろんないですが・・・

なかなか予防できないのが歯科疾患です。とくに乳幼児、高齢者、とくに生活習慣を変えるという努力ではどうにもならない面があると思いますよ。健康日本21で言うように、たんに生活習慣を変えましょうというだけでは落ちこぼれる人たちが出てくる。あくまでも地域の選択のひとつとしてですけれど、その有効性を知った上で選択をすべきだろうと。それにはしかるべき応援をすべきであろうと、そういう時代に来ているということです。

●水道側と初めてのすりあわせ 

11月18日、降って沸いたように水道水フッ素化のニュースが世間を駆けめぐった。朝日新聞は、朝刊一面で「『水道水にフッ素』容認─厚生省が方針転換」とぶちあげ、読売も国会答弁を紹介するかたちで、自治体に対する技術支援を報じた。NHKなど他の報道機関も後を追った。いったい何が変わったのか?

──衆議院厚生委員会での質問は、ハプニングです。正直にいえば、もう少しあたためておきたかった。平成11年11月に日本歯科医学会(医療環境問題検討委員会フッ化物検討部会)から正式に見解が出されました。これを受けて厚生科学研究班*(歯科疾患の予防技術・治療評価に関するフッ化物応用の総合的研究・高江州義矩班長)ができています。

歯科医学会が出したわけだから、次は厚生省が指針をもつべきだろう。そのひな形というか原案づくりを研究班に委託しているわけです。3年で全身応用、局所応用などいままでの研究を整理し、経済的なコスト・ベネフィットの観点であるとか、住民合意のようなことまで検討して応用面の指針を出していただこうと考えていたわけです。

そこに、この6月の末に沖縄県の具志川村の方から水道水フッ素化について技術支援してくれ、できればモデル地区にしてくれないかという打診がきたものですから、研究班を活用して技術支援ができるんではないか、そうすればボールを投げ返せるんじゃないか、ただ、モデル地区というのは金のかかることでもあるし、また最南の島をモデルにすることが適切かどうか、それは今後の課題です。

ただ水道というのは、本来の所轄は生活衛生局水道環境部水道水質管理室にあるわけだから、局長どうし話し合っていただいて、水質基準の範囲内であれば、つまりFで0.8ppmですね。その範囲内であれば、歯科保健行政の守備範囲という仕切りができたということです。そこで自治体からの要請があれば、技術指導などをすることにしました。

しかし、報道と同時にいきなり抗議にあった水道環境部と、足並みの乱れも指摘された。

──もう少しあたためておきたかったというのが、本音ですよ。一夜漬けの状態で世に出したくはなかっんだけれど、調査権があるわけですからね。そのためにおっとり刀という面があって、水道とのすりあわせをしたといっても腰が入ってるのと入ってないのは違うわけで、メディアに突っ込まれたりすると混乱してくる。ただ、水道水質管理室の方が「歯科保健行政の範疇」という言葉を使い、「歯科保健課の仕事として考えるのが妥当でしょう」という見解が明確に出されたわけです。これは水道の基準が緩和されて、従来のように施設・設備をうるさく言わないで、水道のアウトプットの水が安全で供給が保障されればいいというように変わったこととも関係しているようです。

0.8ppmを越えて、もっと有効にという議論についてはどうか。

──それは研究班に委ねています。自然に生じてくる議論でしょうね。アメリカが0.7〜1.2ppmとしているわけです。しかし、依って立つところは法律しかないわけだから、いまは0.8ppmを越えてどうこうということはありません。

現在、沖縄のほか、群馬県甘楽町など全国4町村で上水道フッ素化が検討されていると言われる。要請があれば支援するということですね。

──あくまでも都道府県の要請と歯科医師会の支援があった場合に、それに応えるということです。まだ、正式にはどこからも要請はありませんよ。沖縄県や長崎市などの歯科医師会の単位でフロリデーションについて前向き以上の反応を出しているということは そこを厚生行政はがどう後押しできるかという問題になると思います。これは非常に注目すべきだと思います。

ただ、厚生行政としてお手伝いするときに、県の歯科医師会は反対しますわ、県庁はそっぽ向いていますわでは、トラブルを助長するようなことになりますから、そういう場合はご助力できません。ほんとうは市町村単位で考えるべきですが、地方自治としては市町村は都道府県と有形無形の深い関係にあるわけですから、都道府県単位で合意、推奨、支援がないとお手伝いできないでしょう

●全身応用は、いつまでも棚上げにしておくテーマではない

フッ素化には、大きな反対が起こるでしょう。局所応用で十分だとは考えられませんか?

──局所応用ももちろん有効ですが、フッ素化のテーマをある程度議論していただいていいのではないでしょうか。それで選択をしていただければ、いいのではないでしょうか。インフォームド・チョイス(自由選択)こそが大切です。いつまでもフッ素を隠し味のように考えているのは、どうでしょうかね。フッ化物が入っている歯磨材が増えていったときに、「モノフロオロリン酸ナトリウム」って書いてあるんですね。なんでそんな表示をするのか、その意図がわからない。そういう時代にもう戻る必要はないんじゃないでしょうか。日本人は棚上げにしたまま、ある技術を発展させないことがよくあるんです。それは合理主義的な議論をしないからでしょうね。水道水フッ素化だって、危険ならやらない、いいものならやる。もし日本人特有の危険性があるなら、ロサンゼルスの邦人に知らせてあげないといけないでしょう。

日本は1969年のWHOの水道水フッ素化実施勧告決議で賛成票を投じている。その後、2回の水道水フッ素化実施勧告決議にも賛成している。しかし、その後、社会保障の先進国では小児のう蝕罹患率は減少、オランダや北欧などでは上水道フッ素化をしないまま、12歳児のDMFTが1を下まわり、ハイリスクの小児への対応に重点が移りつつある。このような状況をどう見るのか?

──オランダや北欧などは人口規模が比較にならないくらい小さいでしょう。反対があるから議論するのは止めようではいつまでたっても変わらないからね。ご存じのように、アメリカは、昨年の8月にロサンゼルスがフッ素化に踏み切って、50大都市のうち天然フッ素地区を含めて45都市が水道水フッ素化をしています。お隣の韓国では法律までつくって導入してる。たしかにヨーロッパはそうでない地域がありますが、少なくとも内外の情勢からしまして、いつまでも棚上げにしておくテーマではないという認識です。

フッ素化反対の議論のなかには、不安を煽ることだけを目的にした根拠のない「発ガン性の疑い」というような主張など、たしかにまともに取り合うことのできないものがある。また、危険性があるとしても、う蝕になったあとの障害や治療が引き起こす危険性とのバランスで考えなければならないはずだ。

──フッ素を嫌うあまり、自然界に高い濃度で存在する事実を否定してみたり、害を強調すると奇妙な議論を展開しなければならなくなる。たとえばそれは海水中のフッ素を汚染のようにとらえるとかね。

反対運動については、昭和49年から52年にかけて、新潟県北蒲原郡京ヶ瀬村というところの村営の診療所長をやっていたときに高橋晄正さんらが来られて厳しい反対運動にあいました。そういう面ではどういうものか、体験的に知っています。

ただ、できるだけ自然のままがいい、飲料水にフッ素を入れられたのでは選択の余地がないじゃないか、という主張はだれもがもつ感情だろう。

──フッ素ができるだけ自然のものがいいというご意見なら、静岡産のお茶から抽出してもいいし、海水を半分に薄めて塩分を取り除いた方がいいかもしれませんね。いまのところコスト的に成り立たないでしょうけどね。

●保健が変われば、医療も変わる

しつこいようだが、わが国の場合、DMFTの増加は、砂糖でもミュータンスでもフッ素の不足でもなく、おそらく出来高払いの医療保険がもたらす医師誘発需要(過剰介入によるFとMの増加)が最大の要因なのではないか。今後歯科医師過剰がひどくなれば、その傾向が強まることは容易に予想できる。そんななかで、極めて限局した一部の地域での上水道フッ素化を社会問題としてクローズアップすることに大きな意味があるのだろうか。

──保険局にいたときに、手をつける歯医者さんの方が儲かるかに見える出来高払いを是正する意味でね、長持ちする補綴ということで補綴物維持管理という方式を導入したわけです。長持ちする補綴という視点で見た場合に、勉強熱心な先生の方が勝負できる、それが現在のかかりつけ医につながっています。

ハチマルニイマルのゴールを実現するためには、長持ちする歯科医療も大切ですし、フッ化物だけ議論せずに棚上げしておくというのも問題です。歯科疾患というのはライフステージ全体でみると、落ちこぼれが出やすい蓄積性の疾患ですから。

水道水フッ素化については、歯科医師サイドにも反対が強い。歯科医師会の賛同という条件は、そこを考慮したものだろうか?

──仮にフッ素化地域ができれば、地域を限局して医療保険の給付を別扱いするような案だって出てくる可能性があるわけですね。必要以上に歯科医療界が疲弊するようなことがあっては、国民が困るわけです。フッ化物を選択した以上、選択したことが自分たちの衰退の原因になるようなことは忍びない。成功報酬的な診療報酬体系に変わるとか、よりよいかたちが考えられるわけです。

 

厚生省の役割は、インフォームド(情報の提供)あるいは技術支援というところが差し当たりの仕事なんでしょうね、それによって他の自治体がどう動くか5年〜10年で、それは見てみないとわかりません。

水道水フッ素化が取りざたされ、大袈裟に報道されることに困惑しているものとばかり思っていたが、これは勘違い。自治体のインフォームド・チョイスを前面に押し出しているとはいえ、瀧口課長は、水道水フッ素化を話題にすることに熱意を隠さない。

*研究班の構成:班長・高江州義矩(東京歯科大学教授)、丹羽源男(日本歯科大学教授)、田中栄(東京大学医学部助手)、西牟田守(国立健康・栄養研究所健康増進部室長)、中垣晴男(愛知学院大学教授)、渡辺達夫(岡山大学教授)、川口陽子(東京医科歯科大学講師)
研究の概要:本研究では、第一にわが国で摂取される日常の食品のフッ化物分析を評価し、乳児期から成人にいたる一日フッ化物摂取量とその適正量(AI)を確認することを目的とする。第二としては、フッ化物応用のための各種予防技術とEBMに基づいた治療評価を行う。第三は、社会科学的視点からのフッ化物応用による医療経済学的評価を行う。さらに、国民のフッ化物応用に対する社会的要請と認識についての統計学的分析を行い、歯科保健政策策定のための指針づくりの資料とする。