東山俊郎回顧展「なごみ」開催!

  2003年11月1日〜5日 北日本新聞社砺波支社ギャラリー

  2003年11月2日北日本新聞記事「東山さんの温かさ伝わる彫刻作品展示」

 親友で、日展作家(彫刻)の東山俊郎さんが急逝されたのは、もう6年も前になります。1997年11月3日、東京上野で倒れて亡くなったと聞いた時、まさかの一言でした。数日前にあっても、そんな様子は見えず、全く神のいたずらとしか思えませんでした。
 彼とは、近くの野村病院(当時:現在井波中央クリニック)のテニスコートで、野村一郎先生のオーナーで、私が会長をしていた野村テニスクラブで仲良くテニスをしていた間柄です。今は道路基盤整備でコートもなくなりましたが、お昼休みや、当時珍しいナイター照明がついてから夜間のテニスも楽しみました。彼は私の1歳年上でしたので、30歳代の若い頃はチームの要として、対外試合にも一緒に出かけ、終わって近くの井波健康浴泉で汗を流し、ビールを飲んだものでした。
 歯科医師会で、私が講習会の企画をし、講師に大学の教授クラスや行政関係者などを招聘したときには、彼に記念品をよく彫ってもらい、講師に大変喜ばれました。素人の講師は、東山という名前がいいですね、きっと将来有名な作家になってこの作品も価値が出ますねなんていってましたが、東山魁夷氏とごちゃ混ぜに理解している人もいました。富山県歯科医師会報の平成2年(1990年)7月号に、「友」という題材で原稿依頼が来た時は、真っ先に東山さんのことが浮かび、彼に載せて良いか、尋ねたら一つ返事で快諾してもらいました。この記事を見ると、当時の自分の思いが言い表されています。本当に惜しい人を失いました。
 お父上の東山竹吉さんも日展作家で、過去に日展特選を受賞されていますが、その2度目の特選の時には、息子の俊郎さんとの争いだったといいます。息子さんは先があるからということで、この時は審査員もお父上に譲ったらしいというエピソードを聞きました。その彼が特選を前に亡くなり、残念でした。
回顧展受付の在りし日の東山さんの写真

 先日、奥様の美千代さんから、回顧展の案内を頂き、11月1日(土)の初日に、やはり昔一緒に付き合いの深かった野村一郎先生ご夫妻と北日本新聞砺波支社ギャラリーに行ってきました。ご自宅の半分の作品しか飾れなかったと、奥様が言っておられました。でも、東山さんの作風を見るには充分の作品が並べられていました。
 当時高校生だったご長男にお嫁さんがいて、ギャラリーの受付をされていました。6年という時間の流れを感じ、東山さんの作品を次世代でまだまだ伝えていってほしいという意味からは、頼もしい風景に写りました。
 
 自分の診療室にも、東山さんの作品を1点飾っています。1993年日彫展での入選作品「お姉ちゃんのジーンズ」ですが、これは、翌年(1994年)彼が富山県で初めて、日彫展で最高の西望賞(日展では特選クラス:一般には日展で特選受賞者に授与されるもの:現在までにも今年ようやく県内では2人目の受賞者が出たそうです)の作品の一年前の作品です。これは、患者さんにも、彼の「なごみ」の雰囲気を味わってもらい、少しでも苦痛から解放したいという癒しの作品としては最高のものです。診療室入ってすぐのユニットの脇、むし歯予防を呼びかけるポスターの横に展示してあります。

 回顧展を訪れて


東山俊郎回顧展の入り口にて

野村先生夫妻と奥様、小生

受付

西望賞「春休み」と野村先生夫妻、奥様と小生

西望賞「春休み」と奥様、お嫁さん

1997年「AYUMI」絶作と並んで

展示作品の一部
東山俊郎さんの略歴

【連絡先】
〒932-0231 富山県東砺波郡井波町山見1530  東山美千代 (奥様)
  TEL 0763-82-3493 e-mail : michiijump@yahoo.co.jp