Japan Medical Journal 「日本医事新報」No.4045 2001年11月3日号 週刊より

「時論」欄 p.5960

『水道水フッ化物添加 ― 公衆衛生におけるう蝕予防』  掘井欣一 

 多くの医師が読者である、上記業界誌に水道水フッ素濃度適正化に関する、新潟大学名誉教授の堀井欣一先生(歯学部予防歯科前教授・医師)の解説が掲載された。この記事は、公衆衛生を少しでも学んだことの有る歯科医にとっては、当たり前の内容であるが、医科の先生にとっては、全くの違う分野であり、読まれてはじめてフッ化物の認識をされる方も多いであろう。

 しかし、日本にとって、フッ化物の推進に欠かせないのは医師の理解である。歯科医師の理解も不充分な現在、医師の役割は大変大きく、これらを正しく理解された暁には、歯科医への公衆衛生活動への関わりを批判されることも予想される。また、正しく、歯科医を導く中心的な役割を担ってもらうことになるかもしれない。この為に、是非多くの医師の方には、この記事を読んで、正しい理解をして頂きたいものである。ほんの一部の、科学的に根拠の乏しい意見に惑わされることのないよう、国際機関がこぞって推進している事実を受け止めてもらいたいものである。

このページを、医師向けのページとする所以である。

                    

 水道水フッ化物添加とは、臨床的に問題となる斑状歯(歯のフッ素症)を再現させずに、しかも高いう蝕予防効果が得られるように水道水中のフッ化物濃度を適正に調整する方法である。

 この方法は、牛乳の殺菌法、水道水の浄化法あるいは予防接種などの公衆衛生のおける優れた方法の一つとして併記される(1)。

 水道水中のフッ化物濃度、歯のフッ素症、およびう蝕予防の関係は、疫学的手法によって自然の中から見出された。水道水フッ化物添加は、いわば「自然の模倣」によるう蝕予防手段である。

 こうした水道水フッ化物添加に至る疫学調査は、特に米国において1930年代から国立衛生研究所(NIH)のディーン博士(系統的フッ化物研究の創始者)によって遂行された(2)。このNIHに属する国立歯学研究所は、それ以後も基礎的研究を含むフッ化物の研究に大きな役割を果たしている。

 WHOは、既に1970年に「フッ化物とヒトの健康」(3)というモノグラフを出版し、 加盟各国に対して水道水フッ化物添加の実施を勧告してきた。

 また、最近のWHOのテクニカル・レポート(4)においては、水道水フッ化物添加が安全で費用効果に優れており.社会的に受容され実行可能な場合はどこでも導入されるべきだと述べている。

 同じくWHOによれば、水道水フッ化物添加は、これまでに39の国に導入され、17000万人以上の人々に行き渡り、さらに4000万人が天然にフッ化物添加された水を飲んでいるという。

 英国ロンドン王立医学協会の設置した特別委員会報告「フッ素と歯の健康(1976年)(5)」の結論は、歯の形成期を通して添加されるか、または自然に存在される1mg/l(=1ppm)濃度の飲料水中のフッ化物は、一生を通じて確実にう蝕を減らす、また、温暖な気候でフッ化物を約1ppm含んでいる水を飲用することは、水の硬度のかかわらず、何らかの有害な影響を及ぼすといった証拠はない―というものであった。

 昨年、英国ヨーク大学から水道水フッ化物添加に関するシステマティック・レビュー(6)がはkkんされた。これは、ヨーク大学が政府の依頼を受けて、水道水フッ化物添加の安全性と有効性について体系的な総説による評価を行ったものである。

 その結論は、水道水フッ化物添加によってう蝕の減少が有意に認められ、歯のフッ素症の発現には明らかな量・反応関係が見られたが、飲料水中フッ化物と他の害作用との関係は見られなかったとするものであった。

 水道水フッ化物添加によって少数の人々に「軽い」歯のフッ素症が発現するが、それは審美的に問題のない程度のものであり、歯の機能に影響を及ぼすものではない。

 このように、水道水フッ化物添加については、過去および最近の結論に差がなく、一貫してその効果と安全性が確認されている。

 京都市山科地区においては、京都大学が研究主体となり、そこに所属するいくつかの学部が共同して、わが国初のフッ化物添加試験が行われた(195265年)。

 研究内容は幅広く、歯学関係の情報はもとより、医学、水道工学及び法学をも含む全学的な研究と調査が行われ、水道水フッ化物添加に関する貴重なデータが収集された。

 結果は、永久歯う蝕および乳歯う蝕とも、その減少が確認されている.また、歯のフッ素症については、対照地区との間に差がなく、公衆衛生上問題はないと判定された。

 さらに、フッ化物添加による特定疾患の増加も認められず、発育の障害もなければ促進もされないということであった(7)。

 わが国において水道水フッ化物添加が実施された地域は、京都市山科地区(上述)、沖縄の本島(195772年)および三重県朝日町(196771年)の3地域である。

 しかし、試験研究の終了(山科地区)、日本への復帰(沖縄)、または給水施設の変更(朝日町)など、それぞれの理由によりすべて中断されている。

 しかしながら、最近になって新たな動きが出てきた。

 まず、歯科関係学会全体を統括する日本歯科医学会から「フッ化物応用についての総合的な見解(1999年)」が出された。

 そこでは、水道水フッ化物添加は、「人類がかって経験した最も大規模かつ優れた公衆衛生手段の一つ」とされ、「給水地域のすべての人々に有効で、簡便、安全、公平であり、費用便益率の高い」ことが指摘されている。

 また、日本歯科医師会からは、地域住民の合意を前提に、有効性と安全性の面から公衆衛生的に優れた方法として水道水フッ化物添加の実施を支持するという見解が表明された(2000年)。

 さらに今年になって、厚生労働省からは、自治体がその関係機関や団体の理解を得て、水道水フッ化物添加の技術支援を要請した場合、歯科保健行政の一環として応じるという道筋が示されている(8)。

 水道水フッ化物添加のう蝕をおよそ半分以下にするという効果は、性、学歴、社会経済状態などに関わることなく、水道を利用する地域住民全体に公平に及ぶこととなる。

 致死性ではないが蔓延する蓄積性の疾患(う蝕)を予防する方法の価値については、いまさら述べるまでもないであろう。

 今こそわが国においても、偏りの有る情報や根拠に乏しい情報を廃し、水道水フッ化物添加を公衆衛生的な予防手段として明確に位置づけて、地域住民に提示する時ではないであろうか。

(新潟大学名誉教授・衛生学)

 

(文献)

1.Stewart,W.H.:Statement on water fluoridation, in McClure: water fluoridation-search and the Victory, 253, National Institute of Health, Bethesda,1970.

2.Dean, H, T.: Epidemiological studies in the United States, in dental caries and fluorineed. F. R. Moulton, American Association for the advancement of science, 5-31, Science Press, Lancaster, 1946.

3.WHO : Fluorides and human health, Geneva, 1970.

4.WHO : Fluorides and oral health, Geneva, !994.

5.The Royal College of Physicians of London : Fluoride, teeth and health, Pitman Medical, London, 1976(堀井欣一訳:フッ素と歯の健康、学建書院、東京、1977.

6. NHS Centre for reviews and dissemination : A systematic review of water flupridation, The University of York, report 18, 2000.

7. 美濃口 玄:山科地区水道水弗素化11ヵ年の成績ならびに上水道弗素化をめぐる諸問題、京大口科紀要、4;55-1241964.

8. 瀧口 徹:厚生行政の立場から21世紀の歯科保健を考える、公衆衛生、65510-5132001

     

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