平成11年度 第1回保健関係指導者歯科講習会

                富山県歯科医師会 会報平成12年1月号より(小児・学校歯科保健部員 水分寿男)

平成11年度保健関係指導者歯科講習会は、11月30日(火)午後1時30分から、富山県歯科医師会で富山県と本会の主催で開催されました。歯科医師、歯科衛生士、保健所・市町村保健婦、小学校・中学校の保健主事び養護教諭、保育士、幼稚園教諭、栄養士、その他地域歯科保健活動に従事している者、学院歯科衛生士学生合わせて160名が熱心に聴講されました。日大松戸歯学部衛生学小林清吾教授を迎え、「市町村におけるむし歯予防事業とフッ素利用」と題して講演していただきました。以下にその概要を報告いたします。

(講演抄録)

 今日の歯科では大変魅力的な時代を迎えています。すでに歯科学は、歯を失う最大の原因であるむし歯や歯周病を予防する方法を手にしているからです。アメリカ、オーストラリア、北欧などでは国家単位で小児のむし歯有病率を激減させることができました。成功の要にはフッ化物の応用とシーラントがあり、その他代用糖、歯口清掃法、定期健診が工夫されています。

 我が国では、予防の時代はまだ始まったばかりです。これからのむし歯予防には市町村を単位とした公的事業と、個人の努力が重なる必要があります。即ち、フッ素利用を基盤とした社会システムの整備と健康を大切に考える個人の動機付け教育が重要です。

 さて、むし歯や歯周病を予防することは歯科医師の仕事減らし首を絞めるのではないか、といった心配を耳にすることがあります。歯科医院数の急増が歯科医院当たりの患者数を減少させ、そのような心配に拍車をかけているように思われます。しかし、予防歯科医療の進展と生涯歯科サービスニーズとの関係は単純なものではないと分かっています。むしろ、先進諸国での実績では予防歯科医療の進展により公民は健康と生活の豊かさ(QOL)の向上を得られ、また歯科医師には社会からの尊敬と経済的安定を与えられるように、それらが同時進行してきています。

 歯を失う悲しみは失ってから初めて分かるもの、かもしれません。歯は再生能力の無いもので、これを失ってからでは本当の意味で元に戻す方法はないのです。データをみると、平均寿命は80歳を超えましたが、歯の寿命(歯が生えてから喪失するまでの平均年数)は短く、寿命の短い第二大臼歯で46.1年、長い犬歯で60.0年であり、75歳以上では57.3%が歯の無い者となっています(歯科疾患実態調査:1993年)。このように多数の歯が失われる中で、約9万人の歯科医師が治療に専念して、国民全体で合計した歯科医療費は癌の医療費より3割以上高くなっています(2兆5,346億円,厚生省:1997年)。歯の寿命を長くする方法としてもむし歯予防が最も重要です。そこで、歯を失わないために、また歯の寿命を長くするために次のお話を進めていきます。

 

1) 歯喪失の原因とリスク要因

 歯科医院で抜歯を行う際に付けられた病名調査から、歯喪失の原因としてむし歯が55%、歯周病が38%、その他7%の報告があります(木村:1987年)。中年以下の者においてはむし歯が原因の症例がより多数を占め、高齢者においては歯周病による率が増大することが認められています。また、冠治療を受けた歯は、そうでない歯に比べ3〜8倍の高い率で喪失していることが認められています(安藤、小林:1995年)。さらに孤立歯は、正常な歯列にある同名歯に比べ、2〜3倍の高い喪失歯率でした。これらの結果は、高齢者における喪失歯症例の多くにおいて、実は以前のむし歯とこれに対する治療が歯周病悪化の引き金になっていることと考えられます。

2) むし歯の実態と予防対策

 6歳で88.4%のむし歯有病率、一人平均むし歯数7.1歯です(厚生省:1993年)。永久歯むし歯では、一人平均むし歯数は12歳児で3.6歯、20歳では9.5歯です。30歳で一人平均むし歯数はピークで、14.9歯となり、その後は喪失歯の増加に伴いむし歯数は減少し、80歳以上ではほとんどの歯が失われ、残存している派は4〜5本となりそのほとんどがむし歯です。

 むし歯発生の原因は歯垢の成熟と、しょ糖の摂取によるものです。これらの原因をむし歯が発生しないほどに除去することはは極めて難しく、従って予防は歯質強化を行うフッ化物の利用が最も有効です。これに加え、特にむし歯になり易い奥歯の溝を樹脂で埋めるシーラントも非常に有効です。水道水フッ化物添加をはじめ、フッ化物洗口法、フッ化物含有歯磨き剤、フッ化物歯面塗布などいろいろな方法が開発されてきています。また、キシリトールやパラチノース等、多種の代用甘味料が開発されてきており、しょ糖使用の一部を代用糖と置き換えることが期待されています。

3) 地域保健活動の進め方

 個人の健康を守る上で、本人の努力が重要ですが、同時に個人の生活背景となる家庭、地域、環境を適切に改善することは極めて有効です。WHOは人々の健康を促進する方策として、ヘルスプロモーションという概念を提案しています(オタワ憲章:1985年)。ヘルスプロモーションは、(1)政府による健康政策の立案、(2)適正環境を作ること、(3)地域住民活動の活性化、(4)健康に関する個人の技術を向上すること、(5)医療サービスの適正化、からなっています。ヘルスプロモーションの最も良い具体例が地域上水道のフッ化物添加を実現することです。

4) 水道水フッ化物添加の実現を目指して

 水道水フッ化物添加とは、天然状態での水中フッ素濃度の調査から発見された適正レベルを模倣し、人々の日常生活のフッ素環境を人為的に適正化することです。水道水フッ化物添加は安全で有効性が高く、市町村などの地域単位で行う最も有用性の高い疾病予防法とされています。WHOをはじめ世界の150を越える医学、保健の専門機関が推奨している方法です。

 世界で最初に開始された米国、カナダで4つの臨地試験から水道水フッ化物添加によるう蝕予防効果は、小児を対象とした調査で永久歯で40〜65%でした。また、その後の世界23ヶ国での臨地報告から、永久歯(86報告)で50〜60%、乳歯(66報告)で40〜50%とされています。我が国の例として、京都山科地区、沖縄本島における臨地報告があり、それぞれう蝕予防効果が認められています。また、この方法は極めて経済性に優れており、米国の例をとると設備費を含めて1年間、一人あたりのコストは平均55セントでした。

 英国水道水フッ化物添加協会の報告(1998年)によれば、世界36ヶ国で人工的フッ素化が実施されており、普及人口は3億1,700万人にのぼっています。また、天然の適正フッ素濃度地区を持つ国も広く分布し、42カ国が報告され、給水人口数の把握された国々だけで、3,873万人に及んでいます。最近普及の進んだ国として、韓国(23地区、1999年)があります。また、米国では2000年までの到達目標を75%(給水人口をベースとして)としており、現在、米国50大都市のうちニューヨークを含む44都市に普及しています。

 現在、我が国では水道水フッ化物添加を実施している地区は1ヶ所もありません。日本歯科医師会や厚生省のリードにより、8020運動が進められており、これは日本国民の歯の寿命を延ばそうとする運動です。この運動の確かな実績を得るための基本方策として、水道水のフッ化物添加の1日も早い実現を訴えます。

(上記文の責任:富山県歯科医師会小児・学校歯科保健部担当理事 山本武夫)

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小林清吾教授:日本大学松戸歯学部衛生学教室

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