韓国上水道フッ素化施設を視察して

                    山本武夫(富山県歯科医師会

 富山県では、平成7年策定の「富山県歯の健康プラン」の「市町村むし歯予防パーフェクト作戦事業」が展開される中で、重点ライフステージの小児期の予防処置にフッ素の利用が県下に広がりつつあります。富山県歯科医師会では、県とまさに車の両輪のごとく、一心同体となってこれらの事業を推進しています。

 富山県歯科医師会小児・学校歯科保健部では、毎年むし歯予防全国大会(日本むし歯予防フッ素推進会議主催)に部員を派遣してきました。一昨年は、長崎での大会で、講演されたアメリカ、オーストラリアと韓国の上水道フッ素化の状況を平成10年1月県歯会報で報告しました。また、今年の大会(医歯大)も、韓国の釜山大学金鎮範教授の特別講演があり、最近次第に普及してきた韓国の上水道フッ素化について、平成12年1月号で報告されます。尚、くしくも同号には、平成11年度富山県保健関係指導者歯科講習会で、「市町村事業におけるフッ素利用」の演題ながら、世界各地の水道水フッ素化の状況まで及んだ日大松戸歯学部の小林清吾教授の講演内容も掲載されます。

 さて、今回、医歯大でのむし歯予防全国大会で講演の金鎮範教授のご好意によって、急遽宮崎県子供の歯を守る会の山下文夫先生東北大学の田浦勝彦先生と一緒に、韓国、金海市と鎮海市の2浄水場の上水道フッ素化施設訪問の機会を得たので報告致します。

 

. 金海市上水道事業所           

 12月6日(月)、釜山大学の金鎮範教授の案内で、最初に金海市の浄水場を見学しました。金鉉萬所長自らの出迎えで、所長の概略説明の際には、金海市特産の甘柿と緑茶が出されました。その後、鄭在建浄水担当管理官が、施設をくまなく案内されました。丁寧にも、所長の説明には日本語の説明書を手渡されましたので、大変よく理解できました。それによると、金海市上水道事業所は、その周辺地域の総人口約32万人のうち、約25万人(約77%の水道普及率)に供給されています。金海市のフッ素化事業は、97年5月に計画され、アメリカに管理者を派遣したり、国の推進シンポジウムなどに参加したりして準備されました。国の補助5000万ウォン(日本円約500万円)を得て、98年12月より施設工事が行われ99年6月に完成しました。まだ、実施されて半年しか経っていません。最新の新しい設備がコンピューターによって制御ならびに管理されています。

 フッ素添加方式は2つあって、金海市では、液状フッ化物流入流量比例あるいは受動投入方式で、使用されているフッ素化合物は、弗化珪酸です。原産地は中国で、弗化ナトリウムの1/3の価格で手に入るそうです。濃度は0.80.9r/Lppm)で管理されていますが、0.8±0.1mgLppm)が上下の許容範囲とされていました。尚、韓国では、飲用水の水質基準では1.5mgLppm)が限度だそうです。また、濃度の検査も、週間別、日別、時間別ときちんと行われ、家庭での濃度のサンプリングも確実に行われていました。事業所長の説明でも、このフッ素化は歯牙形成期のむし歯予防を通じて市民保健向上のためとし、韓国厚生省にあたる保健福祉部の管理下、近くの釜山大学の全面的支援を得ているとは言え、浄水場担当者の市民の健康に対する目的意識がはっきりしていました。最後に12月の快晴の元とは言え2−3℃の気温の中、記念撮影をしました。初めての視察で、暖かい歓迎を受けたことばかりでなく、韓国の科学に対する信頼の厚さに、大変驚きました。また、水道水フッ素添加が、こんなに安価(税金の再配分という点を考えると特に)で、簡単な設備や方法でできるとは、思いもしませんでした。まさに、百聞は一見に如かず、でした。

 

2.鎮海市水道水供給管理事務所

 続いて訪れた鎮海市(人口約17万)の石洞浄水場は、金海市から車で4050分の所にあり、韓国では、最も早い1981年にフッ素化が開始されました。説明には、陳洪植管理担当者が概略説明から現場の案内まで一人でされました。それによりますと、ここの浄水場は199712月から19986月にかけて、14,00万ウォン(約1,400万円のうち国の補助500万円)の予算で全面的に施設を新しくされました。ここでは、粉末フッ化物投入方式で、使用されているフッ素化合物は、フッ化ナトリウムです。

 金炳魯鎮海市長は、「わたしたちの水道水は安心して飲むことができます。」と、絶対の自信を持っておられます。市長の選挙公約には、「水道水はフッ素が入っていて、むし歯を予防します。」と、新しい上水道建設に際し、ソウル大学予防歯科の調査結果のむし歯予防率41.5%、実質要治療率20%に低下を挙げ、1981年からの継続を訴え、市民から支援され当選を果たしました。ちなみに、最近水道局が行った住民調査(1055名)で、鎮海市8小学校の子供の父母に対するアンケート結果、水道水フッ素化に対して、賛成78.4%、反対2.4%、無回答13.2%という結果であったそうです。市民に対して、水道水フッ素化の大切さを市政ニュースなどで訴えつづけた20年近い実績が表れた素晴らしい結果です。

 126日(月)夜は、プサンからソウルに飛行機で移動し、ソウル国立大学歯学部予防歯科学教授金鐘培先生(韓国水道水フッ素化の第一人者)の教え子を中心に作ったボランティア団体「韓国健康社会のための歯科医師協会」の研修会の場にも加わりました。その協会は、水道水フッ素化に理解の低い一般市民にフッ素の知識をひろめるために、市民グループと協力して健康な歯のための市民連帯を作って活動を始めました。研修を前にして、協会の幹部の先生方が、金鎮範教授、山下先生夫妻、田浦先生と私を交歓ための夕食会に誘われました。協会の新会長の申東根先生を始めとして、金永熙・金裕成・田民龍の3副会長、それに、バェ晋教事務局長の5名の先生が出席され、しばらく歓談しました。

 研修会は午後8時から始まり、山下文夫先生の講演(内容に付いてはホームページ参照)を、金教授がハングルで代読後、熱心な質疑応答が始まりました。韓国にも最近反対派が、高橋晄正の本を内容を変更して発売し始めました。その中の名前の出てきた何人かは、どんな活動をしているのか、日本でどのような影響力があるのか、教えて欲しいというような質問がありました。私にも意見を求められ、松田や藤沢という人間について説明しました。また、ついでに「富山県歯の健康プラン」の事業内容や会の対応について述べましたが、後でなぜ、フッ素洗口や塗布があるのに、水道水フッ素化に行かないのかなど、実に答えるに恥ずかしい質問が投げかけられました。その他、日韓のフッ素利用の取り組みの違いや今後の交流のあり方(1年おきに交互に訪問)など話し合われました。終わったのは10時半をまわっていました。

 研修会には、水道水フッ素添加機器を扱う業者のかたも来ており、面識を得ました。研修会の後の2次会には、歯科医師協会の初代の会長の金光洙先生が加わられ、フッ素の推進に日韓で協力して頑張ろうと、話し合いが最後まで尽きることなく続きました。

 最後に、今回の韓国視察で、大変素晴らしい経験をさせてもらった金鎮範教授、山下先生そして田浦先生に感謝しています。韓国の若手歯科医の情熱と、国や大学の積極性、また、意外に簡単な設備でできる水道水フッ素添加を肌でじかに触れる事ができました。日本が世界に取り残されていく悲哀を肌に直に感じました。厚生省の健康政策担当者(歯科医も含むすべての担当者)や大学の公衆衛生関係の教授が1度見学するべきではないでしょうか。目から鱗が落ち、自分たちの無策、大学教育の誤りに気づくのではないでしょうか。           

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