ハーシェル・ホロヴィッツ先生を悼んで

ハーシェルホロウィッツ先生追悼のページ

NIDRで一緒にいたMichaelから悲しいニュースが入りました。お知らせします。【福岡歯科大、筒井先生のもとに悲しいメールが入りました。】

I hope this email finds you doing well. I wanted to write and let you know of some sad news, in case you haven't heard. Herschel Horowitz passed away last night. He had been ill for a while. If you are interested in sending Alice a sympathy card her address is (if you don't already have it):

Alice Horowitz
6307 Herkos Ct.Bethesda, MD  20817-3344 USA

Her email is: horowitzA@de45.nidr.nih.gov

【訃報】(メールで悲しい知らせが届きました)

8月10日に、ハーシェルホロウィッツ先生はご逝去なされました。

先生と日F会議との関わりとしては、第21回むし歯予防全国大会(長崎、1997年)ならびに第24回むし歯予防全国大会(東京駒場、2000年)と2回にわたり、講師として来日され、水道水フッ化物濃度調整について懇切丁寧に御指導を戴きました。

ハーシェルホロウィッツ先生は歯学研究、公衆衛生コンサルタントで、元米国国立衛生研究所・歯科研究所(NIH/NIDCR)疫学・口腔疾患予防プログラム・臨床応用部主任 という要職を歴任されて、米国の水道水フッ化物濃度調整だけにとどまることなく、世界の水道水フッ化物濃度調整の拡大に貢献されました。

わが国には、1991年6月に開催された第3回世界予防歯科大会(WCPD)のシンポジストとして来日されました。その時には、Prolonging of tooth lifeのシンポジウムに「フッ化物とう蝕予防」と題して講演されました。

う蝕予防を地域ベースですすめる際に最も効果的な方法はフッ化物の利用である。その中でも、全身的フッ化物応用 method of systemic fluoride application Fluoridation of public water supplies水道水フッ化物濃度調整について強調されています。安価、効果的、安全、小児から成人に至るまで生涯を通じたう蝕予防、収入、教育に関わりなく、また経済的に歯科医療の受診の機会に恵まれない人たちに、地域のすべての人々にとって素晴らしい方法というように、水道水フッ化物濃度調整のkeyを述べておられます。

心より、御冥福をお祈り致します。

ハーシェル・ホロヴィッツ先生の講演内容・論文等

1.「米国における水道水フッ化物濃度調整の効果」(第21回むし歯予防全国大会資料集)【Word ファイル:57.5KB】
2.「フッ化物利用方法の国家的う蝕予防プログラムを決定するために」(第21回むし歯予防全国大会講演要旨)【Word ファイル:47.5KB】
3.「歯科保健におけるフッ化物の偉大な役割」(第24回むし歯予防全国大会講演要旨)【Word ファイル】【講演pptスライド:395KB】


1997年(平成9年)長崎で開催の第21回むし歯予防全国大会での、資料集と講演要旨を掲載します。(どちらも、Word ファイルでダウンロード可能です)

1. 第21回むし歯予防全国大会資料集から「米国における水道水フッ化物濃度調整の効果
    (田浦勝彦訳、境 脩監修:なお、一部用語の日本語訳を修正しました。)

    
    これは、水道水フロリデーション 50周年記念講演フォーラム(於:グランドラピッズ)1995年9月の講演の記録でもあります。   

Herschel S.Horowitz,DDS,MPH
THE EFFECTIVENESS OF COMMUNITY WATER FLUORIDAT10N IN THE UNITED STATES
J Public Health Dent,56:253−1996.

米国における水道水フッ化物濃度調整の効果 【Word ファイル:57.5KB】

抄録
 グランド・ラピッズは世界で初めて人為的に水道水フッ化物濃度調整を行った都市であり、多くの他の地域の先例モデルとして貢献することになる。水道水フッ化物濃度調整は偉大な公衆衛生の一つに、また生産にわたるう蝕予防手段の一つに数えられている。本法の利点として、すべての人々に有効で、簡便、安全、公平、しかも安価な点をあげることができる。現在、米国人口の約56%は水道水フッ化物濃度調整地域に住んでいる(上水道の給水人口の62%)。過去には、米国における水道水フッ化物濃度調整によって1/2から1/3のう蝕の減少を認めてきたが、もはやこのような数字をあげることはできない。その理由の一つには、フッ化物を利用する諸方法と各種フッ化物製品が米国各地に出回り、う蝕予防に貢献・寄与しているからで、かくして水道水フッ化物濃度調整の効果は薄められたことになる。また、水道水フッ化物濃度調整の恩恵が水道水フッ化物濃度調整地域住民にもいろんな形で拡散されることも理由にあげられる。しかしながら、水道水フッ化物濃度調整そのものの効果はかつてう蝕罹患傾向の高い集団にもたらされたと同様に依然として揺るぎないものである。これまで歯の萌出前におけるフッ化物の利用の重要性が強調されてきたが、現在では水道水フッ化物濃度調整もまた局所的なフッ素の重要な供給源となって再石灰化を助長することが重要視されている。上水道フッ化物濃度調整の効果と安全佳に関する成績は山ほどあるが、水道水フッ化物濃度調整のこれからの発展は、経済的、政治的、国民大衆の理解をはじめとする各種要因による影響を受けるものと思われる。

キーワード:上水道フッ化物濃度調整、上水道フッ化物濃度調整の統計、上水道フッ化物濃度調整の拡散および希釈効果、上水道フッ化物濃度調整による歯の萌出前と萌出後の効果、歯のフッ素症、上水道フッ化物濃度調整の将来


「米国における水道水フッ化物濃度調整の効果」

(本文)
私は米国における上水道フッ化物濃度調整の効果を主題として話します。今回のフォーラムが1945年に地域上水道フッ化物濃度調整という画期的方策を採用したミシガン州のグランドラピッズの記念祝賀のため開催され、並びに上水道フッ化物濃度調整の特質と利点を賞賛する機会になることを心より慶んでおります。上水道を1ppmのフッ化物濃度に調整することによって、グランドラピッズ市では当時アメリカ国民の悩みの種であったう蝕の予防のため、本公衆衛生的方法を採用するに至ったのです。世界初の水道水フッ化物濃度調整都市になったことにより、グランドラピッズ市は上水道にフッ化物濃度調整する米国の都市群の先例となりました。現在では、米国の約1万の地域は飲料水のフッ化物濃度の調整を行っています(1)。これとは別に米国の3700か所の自治体では、う蝕予防に十分なフッ化物量を含む天然フッ化物地域であります(1)。人為的上水道フッ化物濃度調整は世界40か国で行われており、香港行政区とシンガポールでは実質的に全住民が、オーストラリア、カナダ、アイルランド、マレーシア、ニュージーランドでは大半の住民がフッ化物濃度調整による健康への恩恵に浴しています(2)。 およそ1ppmフッ化物濃度の飲料水で育った小児は、フッ化物濃度の低い飲料水で生活した小児に比べて極端にう蝕が少ないことを示した1930〜40年代に行われた多くの疫学的研究において十分な証拠があがっていたものの(3−6)、50年も前にグランドラピッズ市の政策決定者たちの勇気と先見性により、新たな健康への介入である地域上水道フッ化物濃度調整の効果と安全性を確かめるという大胆な調査に挑戦することになりました。
 今回の私の講演は公衆衛生に多大な貢献をしたグランドラピッズ市を祝う二度日の機会となります。1988年4月21日に、私は当地グランドラピッズ市で、米国歯学研究所(NIDR)主催で行われた水道水フッ化物濃度調整の第43回記念シンポジウムに出席しました。当時の私の演説の一部を引用します(7)。
 グランドラピッズ市は1945年に、注目すべき方策を開始しました。ここは長年にわたり、公衆衛生関係者の模範となりました。もちろん、世界中の全ての公衆歯科衛生関係者と米国の大半の歯科医はグランドラピッズ市が地域上水道フッ化物濃度調整の開拓者であることを知っています。   

上水道フッ化物濃度調整の利点
1965〜1969年の間に公衆衛生局長官であったDr.William H.Stewartは、地域上水道フッ化物濃度調整に関して、牛乳の低温殺菌法、浄水法、予防接種と並んで、歴史上、最も偉大なる予防手段の一つであると評価しています(8)が、私自身も公衆衛生的に最も優れた予防手段として上水道フッ化物濃度調整に最大の賛辞を贈らざるを得ません。
 疾病予防への公衆衛生的アプローチには強制的側面があります。地域上水道フッ化物濃度調整に備わる偉大な公衆衛生及びう蝕予防手段という特徴として、安全性、有効性、経済性、公平性に優れている面をあげることができます(9)。年齢、社会経済的状態、教育水準、あるいはその他の社会的要因に係わりなく社会全体が上水道フッ化物濃度調整による恩恵を受けられるのです。地域の上水道フッ化物濃度調整によって、必然的にその恩恵は直接飲料水として使う人、フッ化物濃度調整された水道水で調理や下ごしらえした飲食物を口にした人、あるいはフッ化物濃度調整水で貯蔵された飲食物を食べた人の総べての人々にもたらされます。上水道フッ化物濃度調整の恩恵を得るため、意識的かつ協同的な努力や住民の一部の直接的役割は必要ありません。また、その恩恵は歯科専門職による医療サービスの受診の有無やそのための経済的能力の程度に左右されません。そして、フッ化物濃度調整水道水を飲み続ければ、生涯にわたりその恩恵に浴することができます。フッ化物濃度調整された飲料水を生涯にわたって飲み続けると、高齢者での根面う蝕有病率を低下させることができます(10)。水道水フッ化物濃度調整本来の特質は地域単位のう蝕予防の基本となるということです。
 さて、上水道フッ化物濃度調整の安全性は確立しています。フッ化物濃度調整反対論者たちがフッ化物濃度調整反対の集中砲火をあびせ続けてきたお陰で、安全確認のためこれほど数多くの調査研究がなされた疾病予防方法は他に類を見ません。フッ化物濃度調整は綿密で、継続的な調査を受けてきました(11,12)。安全配慮に関する直接的基礎研究とは別に、疾患の有病状況と発病率と死亡に関するデータは幾度となく再評価されています。新たな研究や分析から地域上水道フッ化物濃度調整の安全性
は再確認されています(11,12)。
 上水道フッ化物濃度調整を実施すれば目的意識を持った住民の努力と行動がなくても、むし歯予防の恩恵に浴せるのですが、これでは住民は何もしなくなります。実は、歯科関係者でない私の友人たちのほとんどは米国全体の水道水がフッ化物濃度調整され、しかも長期間にわたり継続実施されてきていると思い込んでいます。フッ化物濃度調整に対して終始一貰した国民大衆の支持を継続し、あるいは、地域にとって新たな支援を創り出すためには、住民にフッ化物濃度調整の恩恵に気付いてもらわねばなりません。

う蝕予防における上水道フッ化物濃度調整の効果
 ニューヨーク州のNewburghとオンタリオ州のBrantfordの両都市もまた1945年からの水道水フッ化物濃度調整によって小児う蝕は顕著に減少し(14−17)、この方法は公衆衛生手段として急速に広まりました。1956年から1979年に報告された評価所見では、上水道フッ化物濃度調整飲料水で育った小児の永久歯う蝕はフッ化物濃度調整以前の同地域あるいは非調整のコントロール地域に比べて約50%から70%減少していました(18・19)。1956年から1979年に報告された研究で、乳歯う蝕の抑制は永久歯に対する効果よりもわずかに劣っていましたが、乳歯う蝕の減少率の大半は40%から60%の範囲でした(18・19)。その他の比較として、フッ化物濃度調整地域のう蝕が全くないカリエス・フリー(caries-free)の学童が6倍以上であること、フッ化物濃度調整の恩恵は特に隣接面と平滑面に際立って現われていること(上顎切歯の隣接面では95%と大きい)(20,21)、さらに要抜去第一大臼歯数は75%減少したことが示されました。
 上水道フッ化物濃度調整の道を開いた各地域にう蝕予防効果が認められた報告が相次いで出版されるに及んで、米国の多数の大都市で上水道にフッ化物濃度調整されはじめました。1955年までに、米国人口の15%以上は至適フッ化物濃度の飲料水を飲めるようになりました(1)。1965年までに、この割合は30%以上に増加し、1975年までには、およそ49%に達しました(1)。少数の声高な反対者やグループによる執拗な反対運動はありましたが、米国全土に上水道フッ化物濃度調整が首尾よく拡がっていくかのように思われました。
 しかし、1975年以降、上水道フッ化物濃度調整の広がりは鈍ってきました。最新の推計では約1億4,420万人、米国人口の56%は歯科保健を満足する至適フッ化物濃度の地域に生活しています(10)。これらの地域の大半では、平均年間日内最高気温に基づいて、0.7ppmから1・2ppmの範囲にフッ化物濃度が調整されています。米国で上水道施設のない地域を考慮すると、フッ化物濃度調整地域人口は給水人口の62%に当たります(1)。
 1980年代に入ってからも、ある地域に上水道フッ化物濃度調整が開始されるならば、現在のう蝕の状態に比較して50〜65%の範囲で将来の世代でう蝕が減少するであろうと信じられていました。小児う蝕の有病状況はフッ化物濃度調整地域および非調整地域ともに減少傾向にあると既に指摘されていますが(22)、保健関係者と専門機関によって明らかにされたフッ化物濃度調整と健康教育および健康増進資料の文献考察からは、今後も現在のう蝕有病率を1/2から2/3の範囲で減少できると期待されています。
 米国の小児のう蝕有病について、米国歯学研究所(NIDR)による1986〜87の報告によれば、永久歯う蝕は国全体で1980年に比べて約36%減少したことが分かりました。また、フッ化物濃度調整地域と非添調整地域に居住する小児のう蝕歯数の差は永久歯で18%、乳歯で23%であることも明らかとなりました(23)。それでは、地域上水道フッ化物濃度調整はかつてはう蝕の大幅な減少に貢献しましたが、もはや効果的な手段とはいえないのでしょうか。
 上水道フッ化物濃度調整自体はフッ化物利用のできないう蝕ハイリスク住民のう蝕予防に以前と同様に効果的であるということを私は確信します。基本的には、二つの要因によって飲料水フッ化物濃度調整からもたらされる恩恵の見かけ上の減少を説明できます。それはフッ化物が調整された飲料水の拡散効果であり、上水道フッ化物濃度調整の効果判定の際に問題となる各種フッ化物の普及から生じた希釈効果です(19)。

上水道フッ化物濃度調整の拡散効果
 上水道フッ化物濃度調整は小都市よりは大都市でうまく行われています。というのは、50大都市の中の42大都市を含む10万以上の人口のある米国の都市の約70%はフッ化物濃度調整されているからです(1)。これらの大都市には大抵、ボトル詰め清涼飲料水と食品加工施設があります。清涼飲料水と各種加工食品はフッ化物濃度調整水を使用するので、多少にかかわらず微量のフッ化物を含むことになります。これらのフッ化物濃度調整された飲食物は生産された都市で消費されるだけでなく、非調整地域でも販売されることにより、いわゆる「たなぼた」効果をもたらします。非調整地域住民がこれらの飲食物を購入することにより、フッ化物濃度調整飲料水のまき散らし効果または拡散効果をもたらすことになるのです(19)。この拡散現象は米国学童の歯科保健状態に関する1986?87年のNIDRの調査によって、フッ化物濃度調整地域と非調整地域のう蝕有病率の比較から明らかとなりました(23)。至適フッ化物濃度地域に居住する人口の割合が低い州、例えばフッ化物濃度調整率19%のZ地方(太平洋側)では、フッ化物濃度調整地域と非調整地域とのう蝕有病率の差はかなりのもの(61%)でした。こうした地方の非調整地域の小児は調整地域で生産された飲食物を摂ったり、あるいは調整地域の学校を訪問したり活動参加することによるフッ化物濃度調整の波及効果の恩恵を受け難いようです。一方、比較的フッ化物濃度調整地域に居住する人口の割合の高い地方、例えばフッ化物濃度調整率74%のV地方(中西部)では、調整地域と非調整地域のう蝕有病率の差はかなり小さく(6%)、あるいは全く差のないところもありました(19,23,24)。

上水道フッ化物濃度調整の効果に及ぽす他のフッ化物利用とその希釈効果
 上水道フッ化物濃度調整は第一に米国における公衆衛生的なう蝕予防手段として実施されたので、他のフッ化物製剤の開発と利用も大いに拡がりました(21,25)。ビタミン剤に附加したり、フッ化物単独のフッ化物錠剤は非フッ化物濃度調整地域の(局所応用を含む)全身的フッ化物応用法の代用法として、長期にわたり処方され活用されてきました。各種フッ化物溶液、ゲル、ヴァーニッシュは歯科医院で歯科専門職が施術するものとして開発されてきました。う蝕ハイリスク者の家庭での応用のため、ある種のフッ化物ゲルが処方され利用されています。フッ化物配合歯磨剤は1950年代以降に米国で販売され、今日では全歯磨剤販売量の90%以上がフッ化物配合歯磨剤です。フッ化物洗口は学校のう蝕予防プログラムとして行われています(学校によっては、フッ化物錠剤の利用)。フッ化物洗口液は店頭販売されています。以上のフッ化物の使用実績は膨大な研究によって裏付けられています(21,25,26)。各種フッ化物製剤とその方法の合理的な組み合わせによって、付加的なう蝕予防効果を生み出すことが証明されています(27)。
 経口によるフッ化物の補給は非フッ化物濃度調整地域に用いられるように計画されています。フッ化物濃度調整地域と非調整地域にかかわらず、他のフッ化物製剤とフッ化物の利用手段は用いられ、全国のう蝕減少に貢献してこの両地域間のう蝕有病格差を狭めています。この現象は地域上水道フッ化物濃度調整の効果の面から希釈効果と言われています(19)。付随的に生じる拡散、希釈効果はフッ化物濃度調整地域と非調整地域間のう蝕経験量の均等化に役立っています。この傾向はフッ化物濃度調整飲料水を使う人口の割合が高い地方に顕著に現われます。Ripaが指摘しているように、各々の地域は今なお、至適フッ化物濃度地域とフッ化物低濃度地域に分類されるでしょうが、フッ化物濃度調整飲料水の希釈効果のため、地域を二分することはもはや意味を持たないのです(19)。希釈効果との兼ね合いで、Ripaは次のように述べています。
“・・・・フッ化物は食品や歯科保健製品に常に含まれているので、現実に今日のアメリカ人は常にフッ化物と付き合っていることになる’’と。

フッ化物利用の変化
 米国民の全ての階層が一様にう蝕減少の恩恵に授かっているわけではありません(28,29)。都市貧困区域の学童、アメリカ原住民のこどもたちや移民家庭のこどもたちは平均値より高いう蝕有病を呈していることが各種調査で判明しています。これらのグループにとって、う蝕は今なお公衆衛生上の課題なのです。例えば、テキサス州では、黒人とヒスパニック人の小児はアングローアメリカ人の小児よりう蝕がはるかに多いのです。サウスカロライナ州の黒人学童は白人学童よりDMFS値で約45%高い数値を示しています。この違いの理由を正確に求めることは困難ですが、う蝕発生に影響を及ぼす食習慣やその他の行動の違いも含まれるでしょう。さらに、貧困家庭のこどもたちは家庭でフッ化物配合歯磨剤を使っていないし、専門的予防サービスを受ける機会もありません。また、フッ化物錠剤などのフッ化物の補給もないでしょう。その多くは自分専用の歯ブラシを持っていないか、持っていてもせいぜい歯ブラシを家族と共用しているにちがいないのです。
 これとは裏腹に、より快適な経済環境の下に暮らす小児においては、生後6年間にフッ化物の過剰摂取を示す証拠が数多く報告されています。そのため、フッ化物濃度調整地域および非調整地域双方で歯のフッ素症の頻度と、わずかですがその程度が増加しているという報告があります(30,31)。飲料水中フッ化物と歯のフッ素症の発現に関する初期の疫学的研究によると、至適フッ化物濃度地域に生まれ育った人の16%が軽度な歯のフッ素症状を呈すると言われています(32)。上水道フッ化物濃度調整導入以前の1930年代と1940年代に活用されていなかったフッ化物が、近年多重的に応用されていることを考えれば、今日の歯のフッ素症の増加は驚くに当たりません。今日の歯のフッ素症の増加に関連する要因として、フッ化物配合歯磨剤の早期使用(33,34)、フッ化物経口補給(フッ化物錠剤)の誤用、フッ化物ドロップの長期摂取(33,36)があげられます。これらが歯のフッ素症の増加をもたらした主要な原因です。最近、Lewis and Banting(37)は今日の歯のフッ素症の60%以上は飲料水中フッ化物以外のフッ化物に起因すると推測しています。即ち、彼らは飲料水中のフッ化物を除去しても歯のフッ素症はわずか13%減少するに過ぎないと断言しているのです。


フッ化物の作用メカニズム
 地域上水道フッ化物濃度調整がまず実行に移され、その後長年にわたって継続実施されていますが、一般的に科学者たちは主要なフッ化物の作用機序は、フッ化物が取り込まれ、吸収され、血中を循環し、発生途上のエナメル質と結合し強化するものと信じていました(3839)。歯の形成期に、規則的にフッ化物に曝されると、歯質が強化され、かつう蝕原性細菌によって産生された酸に抵抗性のある歯ができると考えていました。このような考え方を基に、公衆衛生専門官と研究者は主に小児に恩恵をもたらすものとして上水道フッ化物濃度調整を推進したのですが、この考え方は正しくなかったのです。フッ化物濃度調整は小児に限定した効果と一般大衆に理解されたことは、上水道フッ化物濃度調整の推進に努力する上で、総ての人々、特に高齢者に誤解を生む結果となりました。上水道フッ化物濃度調整の総合的な恩恵について、歯科専門家は国民大衆を教育しなければならないし、また国民に再教育を施さねばならないのです。
 エナメル質内あるいはエナメル質界面にフッ化物イオンが常に存在し、活用される環境がう蝕の進行を阻止し、かつう蝕原性細菌によって産生された酸で脱灰されたエナメル質の修復と再石灰化に機能することを今や私達は知っています(4041)。各種フッ化物製剤、特にフッ化物配合歯磨剤は修復過程における頻繁なフッ化物の供給源となります。上水道フッ化物調整飲料水は飲水時に局所的なフッ化物として取り込まれるだけでなく、フッ化物は唾液を介して口腔に再循環されます。唾液中のフッ化物濃度で再石灰化は充分に促進されます(42)。その上、再石灰化の際必要となるフッ化物は歯垢中に取り込まれてフッ化物イオンの貯蔵庫となるように歯垢中に蓄積されるのです(43)。

今後の上水道フッ化物濃度調整
 地域上水道フッ化物濃度調整は安全性とう蝕予防に費用効果的であることが幾度となく証明されてきました。また国家レベルの指導的科学機関および保健団体によって是認され、現在も認知され続けています。しかし、上水道フッ化物濃度調整が米国およびその他の国々で以前と同様に一貫した成功を勝ち得ると予測することは難しいようです(9)。フッ化物濃度調整の採用実施にあたっては組織的な抵抗が続くだけでなく、経済的、政治的要因はフッ化物濃度調整の未来について阻害因子となるかもしれません。今日、国民大衆は自分たちがどれほど恩恵を受けたかについては顧みることなく、増税につながるものに対しては拒否の態度をとりがちであることも一要因となるでしょう。米国の大都市の中にはフッ化物濃度調整が実施されていない都市もありますが、上水道設備があってフッ化物濃度調整が未実施の大部分は小都市や町に限定されます。これら小都市や町ではフッ化物濃度調整に際しての一人当りの経費が割高になるのです(1)。米国には、5万9千の上水道がありますが、その73%は人口千人未満に給水されている上水道です(1)。これらの数字から、米国における上水道フッ化物濃度調整を全国的に拡げるには困難を極めると予想されるのです。
 西暦2000年の米国保健目標の一つ(目標13.9)には、至適フッ化物濃度の地域上水道供給水系で生活する米国住民の割合を少なくとも75%に増加することをあげています(29)。20州とコロンビア地区はこの目標を既に達成していますが(1)、この目標を達成するためにはさらに約3千万人に対して上水道フッ化物濃度調整が実施されねばなりません(1993年人口推計に基づく)。
 保健専門官が地域ベースで疾患予防計画を決定できるならば、見込のある設定目標となるでしょう。しかし、現実には米国におけるフッ化物濃度調整実施の意志決定には、歯科保健問題に携わる各省の係官あるいは地域の歯科保健を改善する意志を問う住民投票などといった国民大衆を相手とする政治的問題に直面せざるを得ません。各州への部門別のフッ化物濃度調整補助金に領域別の連邦政府助成金を充てることはフッ化物濃度調整にとって有利だと予想したこととは逆になったようです。領域別の補助金分割システムで地域上水道フッ化物濃度調整に対して特別に費用を充てることができると思われましたが、フッ化物濃度調整経費は今やより優先度の高い各種健康問題と競合しなければならなくなったのです。しかも、補助金はもはや減額されています。今日では、国民は補助金のパイはあたかもタルト(皆で分けあうために分配量が少なくなるので、大きくしたいが大きくできないもの)と呼んでいるようです。
 今後の米国の上水道フッ化物濃度調整の進展を阻む要因として、「う蝕はもはや大な公衆衛生問題ではない」と考える国民大衆と一部の科学者と政府係官による誤解があります。フッ化物とフッ化物濃度調整の恩恵についての国民大衆の認識不足、歯のフッ素症の増加に関する警戒感の高まり、環境汚染に関する根拠のない懸念があげられます。
 近年米国では鉛汚染と飲料水浄化不全などを心配して、ボトル詰め飲料水の販売が急増しています。市販のボトル詰め飲料水のうちで、フッ化物濃度調整上水道水に近いフッ化物濃度を保つ製品はほんの僅かです(44,45)。大半の人々は家庭に濾過装置を設置していますが、逆浸透圧装置では、心ならずもフッ化物を除去したり減少させたりすることにもなっています(46)。このような傾向が加速すると、フッ化物濃
度調整地域にもたらされている現状の恩恵は部分的に台無しになるでしょう。適正な監視あるいはフッ化物濃度調整装置のモニターについては今後も継続的課題であります。というのも米国防疫センター(CDC)に無作為に報告されたデータによると、フッ化物濃度調整システムの35%は至適濃度以下(0.7ppmF)で作動していました(47)。フッ化物濃度調整施設の職員の教育、訓練並びに動機付けプログラムが明らかに必要であります。
 我々は今日、地域上水道フッ化物濃度調整の偉業をここグランドラピッズ市で知るに至りました。上水道フッ化物濃度調整は不必要な感染、疼痛、苦痛、歯の喪失から多くの人々を解放し、生活の質を向上させ、膨大な治療費を軽減したのです。修復の必要性を防ぐことにより、フッ化物濃度調整によって私達の天然歯質を維持し、また生涯にわたって大幅な充填、歯冠修復処置と歯髄処置のリスクを回避できるのです(48)。世界的に見て、現状の修復物の約半数は再治療が必要となります。これは歯科医師の仕事の71%に相当するといいます(48)。上水道フッ化物濃度調整の普及とフッ化物製剤の使用量の増大の結果、アメリカ人に素晴らしい微笑みをもたらしました。私達の幼少期には醜い前歯部う蝕や疼痛の原因となった歯髄炎と壊死を伴う穴だらけになった大臼歯といった口の中を思い出す人もいるでしょう。青年や若人が高校卒業あるいは結婚のプレゼントとして親から総義歯を受け取ることは稀ではなかったのです。昔はいかにひどいう蝕状況であったかを今日の歯科学生に伝えるのがいかに難しいかを本日の午後の司会者であるDr.Burtは著述しています。
 本講演を終わるにあたり、50年も前に地域上水道フッ化物濃度調整に着手し、また他の地域の模範としてフッ化物濃度調整事業を継続し、公衆衛生事業の推進に努力し成果をあげた当グランドラピッズ市の偉業に賛辞を贈ります。上水道フッ化物濃度調整が大きなう蝕予防効果をあげたことにより、世界中でフッ化物製品の開発が進められ広範に使用されるようになりました。このことから、1945年にグランドラピッズ市
で始まったこの革新的な上水道フッ化物濃度調整事業に対して、全世界が感謝の念を表わさざるを得ません。上水道フッ化物濃度調整事業が公衆衛生と予防歯科学の歴史上の、有意義で画期的な出来事であるか皆さんはお分かりになったことと思います。


2.1996年(平成9年)第21回むし歯予防全国大会 講演要旨「フッ化物利用方法の国家的う蝕予防プログラムを決定するために」(小林清吾先生訳)【Word ファイル:47.5KB】

フッ化物利用方法の国家的う蝕予防プログラムを決定するために 【Word ファイル:47.5KB】
(Decision−Making for National Program of Community Fluoride Use)
 アメリカ国立衛生研究所〈NIH〉歯科公衆衛生顧問 ハーシェル・ホロウイッツ博士くHersche1 S.Horowitz〉 コンサルタント(相談研究者)・歯学研究・公衆衛生/米国

概要:う蝕有病率が上昇しているか、または既に高い有病率の国、地域、市町村では、住民全体に効果の上がるう蝕予防法を採用すべきである。そのような方法として、水道水フッ化物濃度調整と食塩フッ化物濃度調整があり、人々が日常的生活の中で自然に、しかも全身的・局所的の両面からフッ化物を有効に作用させることができる。これらは、安全性、う蝕予防効果、また経済性のいずれの面からも満足のいく方法である。これに対し、フッ化物投与法やミルクのフッ化物調整は国民全体の、または地域単位の目標からすると、励行が困難で限られた年齢層だけが対象となるので有用性に欠ける。
 上水道の普及が進んでいる場合、又は食塩の製造と販売が中央で管理されていない地域においては、水道水フッ化物濃度調整がふさわしい。なお、フッ化物が天然に含まれている場合に、この条件を水道水に活用することはいかにも便利である。水道水フッ化物濃度調整の適正フッ化物濃度は、これを採用する地区での気温と食生活を考慮して、0.5〜1・2ppmの範囲内で決定される。食塩フッ化物濃度調整のフッ化物濃度は約250mg/Kgである。適正にフッ化物調整された食塩を利用していると、水道水フッ化物濃度調整地区での場合と同程度の尿中フッ化物濃度が保たれることになる。水道水フッ化物濃度調整と食塩フッ化物濃度調整は同程度のう蝕予防効果を示す。しかし、経済的には食塩フッ化物濃度調整の方が有利であろう。

世界のう蝕有病状況:最近の約25年間、世界の多くの地域から、主に学童を対象とした調査に基づき、う蝕有病状況に劇的な変化が生じていることが示されてきた。ほとんどの経済発展国ではう蝕が大幅に減少し、一方、発展途上国で明らかな増加傾向がみられる。永久歯う蝕の減少傾向が確認されている国と地域の中で、水道水フッ化物濃度調整の普及が進んでいる例として米国、カナダ、オーストリア、香港特別行政区、シンガポールがあり、食塩フッ化物濃度調整が普及している例としてスイス、ジャマイカ、フランスがある。またフッ化物配合歯磨き剤を国民全体で日常的に利用している例として英国があげられる。もちろん、水道水フッ化物濃度調整や食塩フッ化物濃度調整が普及している国々では、同時にフッ化物配合歯磨き剤も普及している。多くの研究から、水道水フッ化物濃度調整や食塩フッ化物濃度調整などの全身的フッ化物供給法は、フッ化物配合歯磨き剤、フッ化物洗口法、フッ化物歯面塗布法等いずれかの局所応用法との併用によって、付加的効果の得られることが確認されている。多くの国々で大幅なう蝕減少傾向が生じていることは事実であるが、それでも地球規模でみると、う蝕は小児期において他に例を見ない高率で発生し、自然治癒がないという特徴からも大きな問題を抱えた疾患である。
 経済的発展を成し遂げながら、しかし、小児う蝕を思うように減少できないでいる幾つかの国が残っている。そのような国の代表的な例が日本であり、その日本より有病率がやや低いが韓国が続いている。日本では、水道水フッ化物濃度調整も食塩フッ化物濃度調整も行われていない。もっと強く指摘したい点として、フッ化物配合歯磨き剤の市場占有率が、近年上昇してきたものの依然として低い(50%以下)ことである。日本国内の歯磨剤会社は、フッ化物配合歯磨き剤を生産、販売し、国民に利用してもらうことが経営上有利だとは、まだ考えていない。一方、消費者もフッ化物配合歯磨き剤を要望する動きを示していない。日本のほとんどの地域で、歯科医師達はフッ化物配合歯磨き剤の使用を推し進めようとしていないし、保健担当者達も住民に対しフッ化物配合歯磨き剤の利益についての教育をしようとしない。そのようなことが、消費者からフッ化物配合歯磨き剤の需要が出てこない理由として考えられる。韓国では、最近までに4カ所で水道水フッ化物濃度調整を実行に移しており、近い将来に実施予定の多くの計画が用意されている。韓国では、フッ化物配合歯磨き剤の普及率も伸びつつあるが、まだ西欧諸国のレベルに達していない。
 バングラデッシュ、インド、ネパール、スリランカ等の発展途上国では、間食や食生活の変化、すなわち、その地方で採れた食物より蔗糖の含まれる加工食品を食べるようになってきたため、う蝕は増加している。これらの国々では、有効なう蝕予防対策が講じられていないためう蝕の増加をくい止められないでいる。保健政策としては死亡率や発生率の高い疾患の対策が優先され、限られた予算の中で、歯科保健はほとんど無視されてきた。

う蝕の第一次予防:第一次予防とは、研究調査によって疾病の発生予防の効果が実証されている処置や行動のことである。う蝕予防の種々の方法を表1に示した。多くの研究が、革料水、食塩、ミルク等に含まれたフッ化物がう蝕を予防することを証明してきた。フッ化物投与剤を毎日摂ること、また洗口法、歯磨き剤、ジェルや溶液の歯面塗布法等、局所応用法によってう蝕が予防されることも示されている。デンタル・シーラントは、う蝕感受性の高い小窩裂溝部を封鎖し有機酸から歯を守る方法で、フッ化物利用に加えて行う重要なう蝕の第一次予防である。理論的には、蔗糖の摂取回数を制限することもう蝕の第一次予防といえる。しかし、実際上、国や地域単位でう蝕を有意に予防できる程度に蔗糖の摂取回数を制限することは至難である。歯磨きやフロッシングで機械的に歯垢を除去する方法は、う蝕の第一次予防法には含まれない。なぜなら、今までの研究結果に基づくと、歯垢除去の努力だけで、すなわちフッ化物配合歯磨き剤を使用しない場合では、う蝕予防の効果があることを確認できていないからである。
 発生したう蝕に対して歯質削除を伴いながら行う充填治療は、う蝕の第一次予防の方法とは異なる。充填処置は病気の発生を予防するものではなく、むしろう蝕の進行拡大を阻止するための方法で、第二次予防である。

地域単位でのフッ化物利用法:表1に、もっとも実際的なう蝕予防法は適切なフッ化物利用であることが示されている。それらの中で、水道水フッ化物濃度調整と食塩フッ化物濃度調整はもっとも実際的な、国や地域レベルのう蝕予防法である。これらの方法が、なぜ理想的な公衆衛生対策といえるのか、その要素を表2に示す。
 表2で示された利点の内、水道水フッ化物濃度調整や食塩フッ化物濃度調整以外のフッ化物利用法では、うまくいかない点がある。例えば、フッ化物歯面塗布法は訓練された専門家の手によって一人ずつ処置される方法で、高い費用がかかることは避けられず、一定の集団を対象とするには余裕がない場合が一般的である。フッ化物投与法は子供自身、両親、また処方を出す専門家に多大な協力と継続のための努力を要求することになる。また、この方法は小児期から16歳までの利用が勧められている。それまで利用したことで成人になってからもフッ化物の効果が続くものかどうかは、まだ確かめられていない。フッ化物濃度調整ミルクの場合にも同様の限界がある。一般に、就学前から学童期の早い時期に限ってフッ化物濃度調整ミルクは応用されている。水道水フッ化物濃度調整や食塩フッ化物濃度調整以外で、生涯にわたって利用できる方法としては、唯一、フッ化物配合歯磨き剤がある。しかし、歯磨き剤の場合、比較的費用がかかり経済的理由から敬遠せざるをえない層の人々もいる。
 フッ化物は歯のどの部位にもう蝕予防効果をもたらすが、小窩裂溝よりも平滑面で比較的に予防率が高い。この事実から論理的に生まれてきた包括的プログラムが、フッ化物とシーラントの組み合せ予防法である。
 水道水フッ化物濃度調整と食塩フッ化物濃度調整は全身的経路でフッ化物を供給する方法である。全身的経路のフッ化物は口から配合、体に吸収され、形成期にある歯に届く。この場合、萌出前に歯のエナメル質形成を促進しう蝕に対する抵抗性を付与する。また、いったん吸収されたフッ化物が唾液や歯肉の浸出液中に回ってくると、ここでフッ化物は萌出後の歯に局所的に作用する。また、フッ化物調整された飲料水や食塩は、う蝕性のエナメル質脱灰部分を再石灰化する際に必要となる、局所作用をするフッ化物の重要な供給源となる。
 う蝕が問題となっている国や地域ではどこでも、総ての住民に効果を及ぼせる包括的なう蝕予防プログラムを実行すべきである。通常、公衆衛生担当者や歯科医師達は調査結果を検討したり、来院患者の状態からう蝕がどの程度問題であるかを知ることができる。もし、う蝕がどのような点で問題なのか不確かであったならば、小規模でも各年齢層を対象にした実態調査を行うことが必要である。そのような調査では、特にう蝕有病率の高い、しかも治療要求の大きい経済的に恵まれていない層の人々を重点的に対象とすべきである。


フッ化物利用法の国家政策を決定する上で考点すべき要件:もし社会的にう蝕が問題であるなら、国としてはまず、水道水フッ化物濃度調整または食塩フッ化物濃度調整が実行可能であるかどうかを検討すべきである。スイスでは国として長年、食塩フッ化物濃度調整を実施してきている。しかし、バーゼル市だけが水道水フッ化物濃度調整を採用している。通常、一国内で、水道水フッ化物濃度調整と食塩フッ化物濃度調整を同時に採用することは実際的でない。ほとんどの場合、国レベルの包括的なう蝕予防対策としては、水道水フッ化物濃度調整、または食塩フッ化物濃度調整のどちらか一方を選ぶ。中央管理の水道施設システムが住民全体をカバーしている国、地域では、水道水フッ化物濃度調整がもっとも有用であり、一方、水道施設の普及は不十分であるが食塩の供給が中央で管理されている国、地域では、食塩フッ化物濃度調整が理想的である。飲料水中に天然に含まれるフッ化物が適量またはそれ以上である地域があちこちにあるような国では、総ての地域でフッ化物供給が過剰にならないようにすることを考えると、食塩フッ化物濃度調整は非常に難しい。
  通常、米国における水道水フッ化物濃度調整のフッ化物濃度は0.7〜1.2ppmに調節される。しかし、香港のように0.5ppmで調節されている例もある。疫学調査が行われ、香港では気温が高く、ある階層の小児の食生活が特徴的であるため、0.5ppmのフッ化物が適切であることが判明したからである。食塩フッ化物濃度調整の場合、長年の試行錯誤の結果、今日では250mg/Kg(220〜280m/Kg)が適正濃度とされている。実際に行われている食塩フッ化物濃度調整の供給形態はいろいろである。フランス、ドイツ、スイスのほとんどの地域では、家庭用食塩だけがフッ化物調整されている。スイスの二州では、食パン用の食塩もフッ化物調整されている。ジャマイカ、ラテンアメリカでは、食品に使用する総ての食塩がフッ化物調整されている。フッ化物調整食塩を利用し、各年齢群で水道水フッ化物濃度調整地区での場合と同程度の尿中フッ化物濃度が保たれている場合、食塩が適正に調整されており、フッ化物による恩恵が水道水フッ化物濃度調整と同じであることが保障されていることになる。
 表3に、水道水フッ化物濃度調整と食塩フッ化物濃度調整の類似点及び相違点を列挙した。それら幾つかの点は今後なお議論されなければならない。なぜならば、水道水フッ化物濃度調整は50年以上の実績があり、総ての年齢層を対象とし、高齢者での歯根面における効果も含め、う蝕予防効果に関するたくさんの調査研究がある。一方、食塩フッ化物濃度調整の場合、調査は小児と青年層に限られている。しかし、フッ化物調整食塩の使用を続けている限り、その恩恵は高齢者でも続くと考えて良いだろう。
 歯のフッ素症が生ずるような過皇のフッ化物摂取が考えられる例として、フッ化物調整水道水で粉ミルクを溶かして与えることを一歳以降もずっと続けた場合が考えられる。そのような実例を報告したカナダでの研究調査が一つある。また、暑い環境での作業労働者の場合、たくさんの汗をかき、喉の渇きを癒すためにたくさんの水を摂る場合も、過剰フッ化物摂取になる可能性がある。
 食塩の場合、乳幼児や小児は摂取頻度が少ないので、最大のう蝕予防を得るに充分なフッ化物が受けられていない場合がある。また食塩は、食生活や文化の形態によって摂取量が異なる。そのため、その国で採用すべき食塩中のフッ化物濃度を決定する前に、特に就学前の幼児についての食生活調査や尿中フッ化物排泄主についての調査が必要である。
 多くの国で、いろいろな理由から市販のボトル水が普及しだしている。しかし、ほとんどの瓶配合飲料水には不十分なフッ化物しか含まれていない。公共水道水を飲もうとしない人々は、水道水フッ化物濃度調整の十分な利益を受けられないかもしれない。さらに、公共水道水に含まれている不純物を除去するため、一般家庭の蛇口に浄水用フィルターを取り付ける傾向が広まってきている。いく種類かのフィルター、特に逆浸透圧の作用によるものは飲料水中のフッ化物濃度を減少させる。可能性として、水道水フッ化物濃度調整の効果に少なからずの影響が考えられるが、それが地域全体でのう蝕有病率にどの程度つながるのかはまだ分かっていない。食塩フッ化物濃度調整を実施している多くの国では、フッ化物調整食塩を買うか非フッ化物調整食塩にするかが消費者の選択に委ねられている。もし、多くの消費者が非フッ化物調整食塩を選択するとなれば、国民レベルでの利益は減少するであろう。

まとめ:う蝕有病率が上昇中の、又はすでに高い有病率の地域では、住民全体がフッ化物調整の恩恵を受けられる予防方法を採用すべきである。そのため、日常生活の中で自然に、しかも全身的・局所的の両面から有効にフッ化物を利用できる方法が選ばれなければならない。水道水フッ化物濃度調整と食塩フッ化物濃度調整はこのねらいに合致している。国として、水道水フッ化物濃度調整、又は食塩フッ化物濃度調整のどちらにするかを決定する前に、幾つかの条件について検討すべきである。

(資料)

  表1.種々のう蝕予防方法

第一次予防 フッ化物利用法

       飲料水
       食塩
       ミルク
       液剤/錠剤
       洗口法
       歯磨き剤
       歯面塗布法

シーラント
糖摂取の制限
第二次予防 充填処置

  表2.水道水フッ化物濃度適正化と食塩フッ化物濃度調整の利点

        安価
        有意なう蝕予防効果
         極めて高い安全性
         平等―総ての住民に
         特別な協力や直接行動が不要
         利用している限り恩恵は生涯にわたる
         歯科治療費の削減
          歯科専門家の手を煩わせない


表3.水道水フッ化物濃度適正化と食塩フッ化物濃度調整の共通点、相違点  ―政策決定のために―

要素 水道水フッ化物濃度適正化

食塩フッ化物濃度調整

適応範囲 良質の上水道を持つ都市の市民 飲料水の質が不良である地域の住民
天然フッ素の水源の存在 考慮不要 天然フッ素の水源が散在している場合、フッ化物添加食塩の供給が複雑、困難となる
食塩製造企業 考慮不要 いくつかの企業の協力が必要
う蝕予防効果 全年齢層で有効性が実証されている 20歳までの有効性の調査あり:目標は水道水フッ素濃度適正化と同様の尿中F濃度
生涯におけるフッ化物摂取量の一貫性 乳幼児期において多量摂取になりやすい 乳幼児期において少量摂取になりやすい
高フッ化物摂取 人工乳を利用している乳幼児;高温環境下での肉体労働者 塩辛いものを好む者
低フッ化物摂取 牛乳、果汁、また瓶入り飲料水を多く飲む人、また浄水器利用者 食塩を控えめにしている人、非フッ化物濃度調整食塩を選んで買い求める人
費用  約0.5ドル/人・年 約0.2ドルドル/人・年



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ハーシェル・ホロビッツ先生関連のページの紹介

1.宮崎県地域活動推進協議会歯科保健部会のHPより

「なぜ、私たちは水道水フッ素化の安全と有効性について考えを変えないのか」H.Horowitz先生の考え

http://www.geocities.co.jp/Beautycare/7474/Colquhoun-0-Hyoushi.htm

「2001年CDC『合衆国におけるう蝕予防、抑制のためのフッ化物応用の推奨』 批評」H.Horowitz先生の辛口批評http://www.geocities.co.jp/Beautycare/7474/Horowitz-Comment.htm

2.山本武夫の「フッ化物によるむし歯予防のページ」から

第24回むし歯予防全国大会 (東京・駒場)

 講演スライド1 http://www.f-take.com/herschel-1.htm

         2 http://www.f-take.com/herschel-2.htm

前々夜祭 http://www.f-take.com/komaba-by.htm

前夜祭 http://www.f-take.com/komaba-p.htm